うみもり香水瓶コレクション22  マイセン製の香水瓶 1

 こんにちは。現在、海の見える杜美術館の企画展示室では、当館所蔵の約3000点の中国版画の中から厳選された約300点を公開する「蘇州版画の光芒 ―国際都市に華ひらいた民衆芸術ー」展が開催中です。17世紀から18世紀に、中国の港町、蘇州でつくられた版画の魅力をたっぷりとご紹介しています。

 この展覧会にちなんで、香水瓶展示室では、蘇州版画と同時代にヨーロッパの王侯貴族が夢見た東洋として、マイセン磁器工房の香水瓶2点を展示しています。今回はそのうち1点をご紹介いたします。

こちらです👇

《香水瓶》ドイツ、マイセン1725-28年硬質磁器、銀に金メッキ、海の見える杜美術館 PERFUME FLACON, Germany Meissen, 1725-1728, Hard paste porcelain, gilt silver, Umi-Mori Art Museum,Hiroshima ©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima 

セーヴルやロイヤル・ウースター、ロイヤル・クラウン・ダービー、KPMベルリン等、ヨーロッパの名だたる磁器工房のなかでも、マイセンが特別な地位を誇る理由をご存知でしょうか? それは、このマイセンこそが、ヨーロッパの地では不可能とされてきた磁器の製造を初めて成功させたからです。

 マイセンで磁器が誕生するまで、磁器は何世紀にもわたり、遠い東洋からもたらされる舶来品でした。なにしろヨーロッパでは、純白で艶があり、薄く硬い性質を持つ磁器の製法が解明されていなかったので、輸入品を待つばかりだったのです。とはいえ、ひとたび異国の希少で美しい産物を知れば、それを自国で真似して作ってみようと人は思うもの。そのようなわけで、輸入に頼る一方で、東洋磁器と同じく硬質の磁器を作る試みは、常に続けられていました。

 例えば、極東貿易を通じて他のヨーロッパ人に先駆けて、東洋磁器を知ったヴェネツィア人です。彼らは早くも16世紀には製造に挑んでいます。その他にも、フィレンツェの大公フランチェスコ・ディ・メディチが同様の試みをしていました。17世紀半ばには、イギリスのロンドンや、フランスのルーアンやサン・クルー、オランダのデルフトで、やはり探究が続けられていたのです。

 ところで、今も西洋の城館を訪れると、東洋磁器の飾られた部屋である「磁器の間」にしばしば遭遇します。磁器が壁一面にところ狭しと飾られたり、天井高のある部屋の上方まで備え付けてあったりするのを目にする度に、「地震が滅多に生じない国々はいいなぁ……」とつい真っ先に思ってしまうのですが、活断層上に生きる極東人としてのこうした極めて個人的な感想はひとまず脇に置いておきましょう。というのも、見る者を凌駕するかのような、圧倒的な陳列法から感ずべきことといえば、東洋磁器がかつて流行した趣味であったことと同時に、権力や富の象徴でもあったということだからです。

 実際、東洋の白磁は「白い黄金」と呼ばれるほど、非常に高価なものでした。それにもかかわらず、王侯貴族たちは、上記の理由もあって中国磁器や日本の古伊万里をこぞって求めたのです。なかでも、国の財政が傾くほど、東洋磁器に夢中になったのがザクセン選帝侯国のアウグスト強王です。その総数は、なんと約25000点!といわれています。ただし彼は、収集と陳列に終始する人物ではありませんでした。彼は、収集した磁器をもとに、錬金術師らに製法の開発に取り組ませます。そして5年もの歳月を費やした試行錯誤の末、1709年にとうとう磁器製造を実現させたのです。

 では、そのような苦心の末の奇跡の磁器を、とくとご覧くださいませ。本作品の図柄部分を拡大してみると……。

 長衣をゆったりとまとった人物が、東洋風の日傘をかざす御付きと、苦力(クーりー)〔中国の下層の人夫〕の麦藁帽子を被った人物に伴われて、のんびりと散策をしていますね。

 裏面を見てみると……👇

 こちらでは同じ人物が席について、お茶を味わっています。その傍らには、香が焚かれています。とても優雅なひとときが両面に描かれていますね。

 本作品のような中国趣味の図柄は、初期のマイセン磁器の特徴です。これは極東文化を愛したアウグスト強王の好みを反映したものでもありますが、それと同時に、当時のヨーロッパの上流階級における中国趣味の流行を物語るものです。まさに蘇州版画が、ヨーロッパに普及していたのもこの時代です。興味深いことに蘇州版画も、前述の「磁器の間」のように、壁一面を彩る室内装飾として使われていたことがわかっています。そのことについては、当館で5月に2日間にわたって開催された世界4か国、11名の中国版画研究者による3か国語の記念講演会においても、蘇州版画を室内装飾に使ったオーストリアの宮殿についての調査が詳しく紹介されていました。それは香水瓶の歴史を考える上で示唆に富むものでしたので、私は講演にすっかり釘づけになってしまいました。

 さて本作品に話を戻しましょう。この色鮮やかな図柄にご注目ください! 東洋の私たちにすれば、白地の磁器に繊細かつ色鮮やかな図柄が描かれていることには、何の不思議も感じませんが、当時の西洋にしてみれば、非常に画期的なことでした。なにぶんにも、磁器の製造まではようやく至ったものの、その先にある磁器用絵具がまだ十分になかった時代です。その状況を見事に解決したのが、マイセンを牽引した天才絵付師として歴史に名を残したヨハン・グレゴリウス・ヘロルトです。彼の天才のほどがうかがえるのが、本作品で使われているような、磁器専用の絵の具を開発したことです。

 実は、当時のヨーロッパにおいて、東洋の磁器のなかで最も洗練されており、高価であったのは、中国磁器よりも、日本の柿右衛門であったと考えられています。膨大な柿右衛門のコレクションがご自慢であったアウグスト強王は、柿右衛門の磁器が有するくっきりと鮮やかな色の再現を、ヘロルトに求めました。そこでヘロルトは、マイセンの前任者たちの試行錯誤を引き継ぎ、実験に実験を重ね、16色もの絵の具を作り出しました。驚くことに、このとき開発された絵具が、今日に至るまで、大きな改良もなくマイセンで秘伝として存在しています。

 ヘロルトの類まれな才能のもう一つは、絵付けです。彼は、千種類以上の中国趣味の図案を考案し、それを磁器の上で緻密に描き出しました。施された金彩から、ヘロルトが手掛けた時期のものと考えられる本作品からも、彼が得意とした描写や色の素晴らしさが十分に伺えます。

 最後に、本作品で私が以前から気になっている表現をご紹介いたします。

 人物像のはるか頭上、香水瓶の蓋付近に描かれた、こちらの表現です👇

大きさからいえば鳥のはずですが、描写からすると、どのように見ても虫しか思い浮かびません……。このヘンテコな生き物こそ、ヘロルトの絵付けの特徴でもあります。東洋の風景が主題とはいっても、それはあくまでも想像上の風景です。そのようなわけで、このような奇妙で、空想豊かな生き物や植物が、図柄には頻繁に登場するのです。

 この一風変わった風景を見ていると、まだ東洋と西洋の間に大きな隔たりがあった時代に、小さな磁器や一枚の版画を介して、未知の国への憧れを募らせていた人々のことが、思い浮かびます。いまやZoom等によって世界各地の研究者と一つの講演会を催せる時代になりましたが、そこでもお互いを結んでいるのは、やはり一枚の版画であり、一つの磁器である――このように思い至るとき、私は美術作品の持つ力を実感するのです。

岡村嘉子

■企画展示情報:蘇州版画の光芒―国際都市に華ひらいた民衆芸術― – 広島 海の見える杜美術館 (umam.jp)

[会期](前期)2023年3月11日(土)〜2023年5月6日(土)
    (後期)2023年6月 3日(土)~2023年8月13日(日)
     ※前期と後期でメイン会場の作品はすべて入れ替わります
[開館時間]10:00〜17:00(入館は16:30まで)
[休館日]月曜日(但し7/ 13(月)は祝日開館)、 7/14(火)
[入館料]一般1,000円 高・大学生500円 中学生以下無料
*障がい者手帳などをお持ちの方は半額。介添えの方は1名無料。*20名以上の団体は各200円引き。

蘇州版画の光芒 国際都市に華ひらいた民衆芸術 展示室公開映像

蘇州版画の光芒展で公開している動画をユーチューブにアップしました。

どうぞご覧ください。

蘇州版画の光芒 国際都市に華ひらいた民衆芸術 2階ギャラリー公開動画 – YouTube

以下ユーチューブテキスト

― 蘇州版画の興隆 ―

明末清初(17世紀)
明から清へ、王朝交代の戦乱の中
明代のすぐれた版画の技術は継承された
絵の空間に見える幾何学模様は明代の摺りの技法の跡
細く美しい線で物語の一場面が描かれている

康煕年間(1662-1722)前期
三藩の乱などの内戦が続くなか
蘇州には呂雲台などの版元があった
五色套印と呼ばれる色とりどりの多色摺もあった
こま割りで物語を描いたものもあった
いろいろな一枚摺が出版された
このころはまだ画面に西洋画の要素は見られない

《諸国進貢図》には国々を代表するイメージが描かれている
琉球国にはサンゴ、日本国には獅子と日本刀が添えられ
「先頭を行く西洋国は母子が描かれ、聖母子像を掲げる
キリスト教のイメージと重なっている」
「康熙帝はキリスト教徒を重用し
西洋の文物を取り入れた」

康煕年間(1662-1722)後期
中国版画において、西洋の建築物や人物が描かれ
影の描写が始まり、線遠近法が用いられた
中国の風景が西洋画の技法を用いて描かれた
線遠近法を正確に使用した
中国の画工、丁允泰はキリスト教徒であった
丁允泰が描いた木々は木版でありながら
銅版画の陰影、立体感を凌駕しようとする繊細なもの
このころ、線遠近法、陰影法、ハッチングなど、
西洋の技法を積極的にとりいれた

雍正年間(1723~1735)~乾隆年間(1736~1795)初期

法大西洋筆法(西洋の筆法に学ぶ)などと記された蘇州版画がある

西洋画と中国画、銅版と木版の技法を折衷した
新しい表現が生まれた

都市図《姑蘇閶門図》《三百六十行図》
線遠近法と陰影法を交えて、都市の生活をリアルに描く

名所絵《西湖十景図》
線遠近法や陰影法を用いて、名所旧跡を正しい縮尺で描く

物語絵《全本西廂記図》
1枚の風景画の中で、異時同図法をもちいて物語一話すべてを描く

美人画《美人鸚哥図》
      油絵のような立体的な表現を目指す
      顔を塗る 版画と肉筆の融合の洗練

花鳥画
花の部分にはぼかし、空摺の技法が駆使されている
      丁亮先《花卉図》
      丁應宗《玉蘭図》

大画面の組物が作られる
だまし絵のような壁面
《母子図》

一枚摺りの版木を分割して、小画面で印刷する
《雪中送炭図》
大きく印刷したものを小さく切って販売するのではない
版木が分割されているので、小さい作品ははじめから小さく印刷する

蘇州では、このように多種多様な一枚摺が販売されていた

ここまで紹介した版画は
春信、歌麿、北斎、広重らが活躍を始める前に
中国の蘇州で流通していた版画

蘇州版画は日本にもたらされた
日本の画家が模写した作品《金殿玉楼図》《蓮池亭遊楽図》

日本の画家が蘇州版画を参考にしたと思われる作品
奥村政信《唐人館之図》
鈴木春信《風流やつし七小町・関寺》
山本若麟《西湖図》

― 蘇州版画は西洋にも輸出されていた
  蘇州版画の光芒が、近年次第に明らかになってきている ―

さち

小林梨奈ロビーコンサート アコーディオンに乗って世界旅行 YouTubeにアップしました

2023年4月2日に行われた小林梨奈ロビーコンサート「アコーディオンに乗って世界旅行」をYouTubeにアップしました。

小林梨奈ロビーコンサート アコーディオンに乗って世界旅行 海の見える杜美術館

ぜひお楽しみください。

うみひこ

記念講演会「中国版画研究の現在」

5月27日(土)、5月28日(日)、「蘇州版画の光芒 国際都市に華ひらいた民衆芸術」展 記念講演会「中国版画研究の現在」をzoomで開催いたします。国内外10名の研究者による最新の研究が発表される予定です。参加ご希望の方はお名前と所属団体名を書いてprints@umam.jpまでお申し込みください。応募締め切りは5月20日(土)です。

さち

満開の桜とロビーコンサート

アコーディオニストの小林梨奈さんによるロビーコンサート
「アコーディオンの音色に乗って世界旅行」
4月2日(日)14:00~ 15:00~ 開催します。

杜の遊歩道のサクラの花も満開です。

心地よい春のひとときを、海の見える杜美術館でお過ごしください。

もりひこ

小林梨奈 アコーディオンコンサート!

4月2日にアコーディオン奏者の小林梨奈さんをお迎えして、コンサート
「アコーディオンの音色に乗って世界旅行」を開催いたします。
美術館のロビーに世界各地の名曲が響き渡ります。
14:00~ 15:00~ 各30分 2公演です。

開催中の展覧会は「蘇州版画の光芒 ―国際都市蘇州に華ひらいた民衆芸術-」です。
「蘇州版画」は世界の文化と交わることで豊かな表現を手に入れた芸術ですから、
このように世界の音楽が交差するコンサートとは、文化の国際交流という点において共通性があります。

小林梨奈さんの華麗な演奏、世界の音楽、そして多彩な文化に触れて心地よいひと時をお過ごしください。

#小林梨奈 #アコーディオン #ロビーコンサート #4月2日 #海の見える杜美術館

さち

梅林の梅が満開です!

「蘇州版画の光芒 国際都市に華ひらいた民衆芸術」開催初日から、

梅林の梅が満開です。

カゴシマコウ(鹿児島紅)、オウシュク(鶯宿)、ブンゴ(豊後)、シダレウメ(枝垂れ梅)。桜と同じくいろいろな種類を長いあいだお楽しみいただくことができます。

もりひこ

「蘇州版画の光芒」開幕!

「蘇州版画の光芒 国際都市に華ひらいた民衆芸術」が開幕いたしました。

エントランス

1階ギャラリーには《姑蘇閶門図》《三百六十行図》の一部を引き延ばした、3×18メートルの大パノラマがあります。蘇州版画が生まれた18世紀前期の蘇州の賑わいを感じていただけることでしょう。

1階ギャラリー

展覧会では305点の作品を前後期に分けて出品いたします。
前期の出品作品数は185点です。前期と後期で主要な作品は全て入れ替えますので、ぜひ前後期両方お楽しみください!

第2展示室

うみひこ

『國華』1526号は 「特輯 海の見える杜美術館所蔵 蘇州版画」です!

2022年12月20日発売予定の『國華』第1526号は「特輯 海の見える杜美術館所蔵 蘇州版画」です。

この特集号は、上智大学名誉教授の小林宏光氏、元町田市立国際版画三美術館の河野実氏、大和文華館・あべのハルカス美術館の浅野秀剛氏、東京大学の板倉聖哲氏と当館の青木が中心となって発足、運営されてきた中国版画研究会の調査研究活動の成果の一つです。

詳しくは朝日新聞出版のHPをご覧ください。
朝日新聞出版 最新刊行物:雑誌:國華:國華 第1525号 第128編 第4冊 (asahi.com)

またもう一方の成果に2023年3月11日から開催される「蘇州版画の光芒 国際都市に華ひらいた民衆芸術」があります。

ぜひお越しください。

さち

『國華』 KOKKA
第1526号 第128編 第5冊
定価 7000円+税
2022年12月20日発売予定

特輯 海の見える杜美術館所蔵 蘇州版画

<論文>

蘇州版画研究の可能性 姑蘇呂雲臺、呂君翰発行の初期遺存作品から見えること
執筆=小林宏光(上智大学名誉教授)
<解説>

清 三百六十行図・姑蘇閶門図
執筆=小林宏光(上智大学名誉教授)
清 諸国進貢図
執筆=塚本麿充(東京大学)
清・管聯原画 阿房宮図
執筆=青木隆幸(海の見える杜美術館)
清 美人鸚哥図
執筆=青木隆幸(海の見える杜美術館)
清 瑶池献寿図
執筆=青木隆幸(海の見える杜美術館)
清・丁應宗原画 西湖十景図
執筆=板倉聖哲(東京大学)
清・達禮善原画 関夫子像
執筆=浅野秀剛(大和文華館)
清 万事吉兆図
執筆=田辺昌子(千葉市美術館)
<図版>

三百六十行図・姑蘇閶門図
[図版1・2カラー]
広島県 海の見える杜美術館
清・雍正12年(1734) 木版墨摺筆彩 掛幅 2幅
右幅:縦110・4㎝ 横56・0㎝  左幅:縦109.2㎝ 横56・1㎝
諸国進貢図
[図版3・カラー]
広島県 海の見える杜美術館
17世紀 木版多色摺 紙 1枚 縦37.0㎝ 横58.0㎝
管聯原画 阿房宮図
[図版4・カラー]
広島県 海の見える杜美術館
18世紀 木版墨摺 まくり 2枚 各縦60.0㎝ 横35・4㎝
美人鸚哥図
[図版5・カラー]
広島県 海の見える杜美術館
18世紀 木版墨摺筆彩 掛幅 1幅 縦108.2㎝ 横45・0㎝
瑶池献寿図
[図版6・カラー]
広島県 海の見える杜美術館
18世紀 木版墨摺筆彩 掛幅 1幅 縦84・1㎝ 横47・9㎝
丁應宗原画 西湖十景図
[図版7・カラー]
広島県 海の見える杜美術館
18世紀 木版墨摺筆彩 掛幅 1幅 縦106.8㎝ 横57・1㎝
達禮善原画 関夫子像
[図版8・カラー]
広島県 海の見える杜美術館
清・康熙43年(1704)款 石碑拓本 掛幅 1幅 縦109・4㎝ 横65・6㎝
万事吉兆図[図版9・カラー]
広島県 海の見える杜美術館
18世紀 木版墨摺筆彩 掛幅 1幅 縦90・1㎝ 横52・7㎝

國華編輯委員
主幹   佐野みどり
      河野 元昭
      小松 大秀
      島尾 新
      佐藤 康宏
      佐藤 道信
      大久保純一
      奥 健夫
      板倉 聖哲

顧問
      辻 惟雄
      小林 忠

発行
國華社
郵便番号 104-0045
東京都中央区築地 5-3-3 築地浜離宮ビル 3階
電話 03-5550-5015 or 03-5540-7650
ファクシミリ 03-5540-7651