うみもり香水瓶コレクション 24 イギリスの巡礼用水筒型セント・ボトル

 こんにちは。現在、海の見える杜美術館の企画展示室では、「芸術家たちのセンチメンタル・ジャーニー」と題した、旅をテーマとする前近代から近代にかけての日本絵画の展覧会を開催しています。

 この展覧会にちなんで、香水瓶展示室では、旅に関する香水瓶を数点ご紹介しています。例えば、こちらの17世紀イギリスの銀製のセント・ボトルです👇

《セント・ボトル》イギリス、1660-70 年頃、銀、海の見える杜美術館 SCENT BOTTLE, England, C.1660-70 , silver, Umi-Mori Art Museum,Hiroshima ©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima 

 皆様は、この器形をご覧になられて何をご連想なさるでしょうか? 一見したところでは、今が旬の洋ナシのようですね。たしかに洋ナシ型は、17世紀、18世紀に数多く使われた器形でもあります。ですが、より厳密にいうと、本作品の器形は、巡礼者が聖地へ赴く際に携えた水筒という、比較的珍しい形をしています。そして、この形と図柄の調和こそが、本作品の価値を高める重要な要素なのです。ですので、この機会に詳しくご紹介いたします!

 瓶を覆う唐草模様にしばし目を凝らしていると、思いがけないところから、二つの像が浮かび上がってまいります。ひとつは、ギリシャ神話の風神の主、アイオロスです。こちらの部分ですね。

©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima 

 風を自在に操るこの神は、ここでも目を見開き、頬を膨らませて、お得意の風を力強く吹かせているのがわかります。なにしろアイオロスは、西風のゼピュロスや北風のボレアース等の風の神々の頂点に君臨する風神の主です。アイオロスをして吹き飛ばせないものなどありません。

 そしてもうひとつの像は、このアイオロスに比べると、打って変わってほんわか、のほほ~んとした印象なのですが……👇。宗教画などに登場する愛らしい小さな天使です。アンディ・ウォーホルが商業デザイナー時代に描いた気ままな天使たちを彷彿させる線描ですね。

©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum, Hiroshima 

 唐草模様の間に、あまり目立たない形で刻まれたこの2つの像には、どのような意味が込められているのでしょうか。それには、時代背景が深く関係していると先行研究において指摘されています。

 この香水瓶の制作時期と重なる1665年のイギリスでは、ロンドンで腺ペストが猛威をふるっていました。いわゆる「ロンドンの大疫病」の名で知られる、イギリス最後の腺ペストの流行です。それは住民の2割以上の死者を出し、一時は多くの王侯貴族や市民たちがロンドンから避難するほどの規模でした。

 この疫病流行に際し1665年のロンドンに流布した広告は、香りの歴史からすると、とても興味深いものです。というのもそこでは、腺ペストから身を守る方法として、芳香酢の蒸気やローズ水やその他の香料の噴出が推奨されているのです。実際に、この広告以外の資料においても、感染拡大の結果として、大量の芳香酢で体をマッサージしたり、室内に漂わせたり、街路に撒かれたりしたことがわかっています。

 以前、フランスの例として、18世紀のガラス製携帯用香水瓶においても見ましたが、当時のヨーロッパでは、迫りくるペストの瘴気から身を守るために、香料がいかに必要とされていたかがわかりますね。

 以上のような時代背景を踏まえて、本作品を再度見てみますと、アイオロスの姿には、勢いのある神聖な風で瘴気を遠ざけたいとの願いがうかがえます。また葉叢に戯れる無邪気な天使の姿は、香りに満ちた自然が人間にもたらす恩恵を謳うかのようではないでしょうか。そして、巡礼時の水筒を模した器形には、ペストが様々に変異しながら周期的に流行するイギリスから、遠く離れた聖地への思いが込められているように思えるのです。

 感染症流行下に、かつて誰かが胸に描いた、追憶の、もしくは想像上の巡礼の旅。コロナ前に本作品を見ていたときには真に感知しえなかったその切実さを、今になって感じています。

©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum, Hiroshima I学芸員撮影。

 本作品は、現在の展示ケースの中で、同時代のドイツやオランダのポマンダーやヴェネツィアのラッティモ・ガラスの香水瓶、フランスのルイ14世の弟のオルレアン公フィリップ1世お抱えのガラスの名匠、ベルナール・ペロ作の人面をかたどった香水瓶という海杜コレクションきっての傑作とともに公開されています。ぜひ17世紀のヨーロッパ各国が誇った高い技術と、地方色豊かなデザインや素材をお楽しみくださいませ。

岡村嘉子(特任学芸員)

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企画展示室情報:芸術家たちのセンチメンタル・ジャーニー

[開館時間]10:00〜17:00(入館は16:30まで)

[休館日]月曜日(ただし9月18日(祝)、10月9日(祝)は開館)、9月19日(火)、10月10日(火)

[入館料]一般1,000円 高・大学生500円 中学生以下無料

*障がい者手帳などをお持ちの方は半額。介添えの方は1名無料。*20名以上の団体は各200円引き。

[タクシー来館特典]タクシーでご来館の方、タクシー1台につき1名入館無料

*当館ご入場の際に当日のタクシー領収書を受付にご提示ください。

[主催]海の見える杜美術館

[後援]広島県教育委員会、廿日市市教育委員会

「芸術家たちのセンチメンタル・ジャーニー」展、後期展示開催中です

10月に入ってようやく涼しくなり、杜の遊歩道の木々も少しずつ色づいてきました。

秋といえば行楽のシーズン、紅葉狩りや秋の味覚を味わいにお出かけになる方も多いのではないでしょうか。

今年のように猛暑が続くとなかなか四季を感じることが難しくなってしまいますが、四季のある日本では、古来より、季節や時の移ろいが多くの芸術作品で表現されてきました。絵画作品にも、春といえば梅や桜、夏は涼が感じられる滝や川の流れ、秋は鮮やかに色づいた紅葉、冬は雪を頂いた山といった季節を表すモチーフが数多く見うけられます。

現在開催中の「芸術家たちのセンチメンタル・ジャーニー」展でも、秋を感じられる作品がいくつか展示されています。

今回はその中でも、本展覧会が初公開となる《西行物語絵巻》をご紹介します。

《西行物語絵巻》は平安時代末期の著名な歌人、西行(1118-1190)の和歌やエピソードをまとめた『西行物語』(13世紀中頃成立)を絵巻に仕立てたものです。《西行物語絵巻》は3系統に大別できますが、本作品は明応9年(1500)に原本が制作されたとされる采女本(うねめぼん)の系統に連なる江戸時代の作品です。

采女本には各地の名所歌枕の景色とそれらを連想させる景物が主として描かれており、西行の行状だけでなく、古来より詠み継がれてきた歌枕への関心が見てとれます。

西行に関する物語は謡曲『西行桜』『遊行桜』『江口』の題材にもなり、江戸時代には多くの采女本系《西行物語絵巻》が作られました。

各地の名所歌枕に西行にまつわるエピソードが残っていることからも、旅に出かけることが困難であった時代に歌枕を訪ね歩く西行は、歌詠みたちだけでなく多くの人々の憧れだったことがうかがえます。

《西行物語絵巻》(部分・猿沢池)2巻のうち巻下、江戸時代

こちらは、奈良の興福寺に参詣した西行が猿沢池のほとりで、この池にかつて身を投げた采女(うねめ、奈良時代の天皇に仕えた女官)の悲恋を思い出し和歌を詠んだ場面です。

水辺には笠を被った旅姿の西行が風に吹かれながらたたずんでいます。

画面手前には鮮やかに色づいた紅葉の木、向こう側にはきょろりとした目元が愛らしい鹿が5頭描かれています。

鹿の毛並みは丁寧に描かれ、紅葉の葉はその色づきの移ろいを朱線の濃淡や色の塗り方をかえて表現されており、絵師の細やかな気配りが感じられます。

実は、詞書にも、西行がこの場面で詠んだ歌にも、鹿や紅葉という文言はありません。

藤原氏の氏神である春日神の使いである鹿は、神仏習合思想のもと、同じく藤原氏の氏寺である興福寺、そして奈良を表すモチーフとして本作品には描かれています。

また、繁殖期の秋に鳴く牡鹿は、恋しい人を想う恋心とともに万葉集の時代から歌に詠まれ、秋を示すモチーフとして表現されてきました。当初は萩などの秋草とともに歌に詠まれることが多かった鹿は、時代が下がるにつれて、同じく秋を示す紅葉との取り合わせが定着し、本作品でも紅葉が描き添えられているのではないかと考えられます。

本作品の実直な筆遣いによる薄墨の線や、さっと刷かれた淡い色彩による空間や山水の表現には、平明ながらも西行の和歌が持つもの悲しさがよく表れており、しみじみとした味わいがあります。

西行の和歌とともにご鑑賞いただければと思います。

《西行物語絵巻》(部分・伊勢)2巻のうち巻下、江戸時代

この他にも、小松均《石廊崎》や池田遙邨《佐夜中山之富嶽》《深耶馬渓》《ぐるりとまはって枯山》など、秋の訪れを感じさせてくれる作品をご覧いただけます。

「芸術家たちのセンチメンタル・ジャーニー」展は10月22日(日)までです。

うみもりテラスからの日本三景・安芸の宮島の眺めとともに、美術館での紅葉狩りをぜひお楽しみください。

芸術家たちのセンチメンタル・ジャーニー、開催中です

現在、海の見える杜美術館では「芸術家たちのセンチメンタル・ジャーニー」展を開催しています。

本展は、古来より芸術家たちのインスピレーションの源であった「旅」に注目します。彼らは各地の名所旧跡を旅して様々な風物に接し、旅先での体験を自身の作品制作に活かしてきました。その様相を当館のコレクションでたどっていきます。

今回は江戸時代の巻子作品、与謝蕪村の《奥の細道画巻》をご紹介します。

俳聖・松尾芭蕉(1644~1694)の名著、俳諧紀行文『おくのほそ道』を、絵師であり俳諧師でもある与謝蕪村(1716~1784)が全文を巻子に書き写し、いくつかの場面に絵をつけるという趣向の作品です。

蕪村といえば、京都を代表する絵師の一人であり、また俳諧の宗匠としてもよく知られた存在です。絵と俳諧の両方を極めて、両者を融合させた「俳画芸術」を完成させたことが知られています。

本作が作られたのは安永7年(1778)頃ですが、この時期(18世紀後半頃)は、俳句を詠む俳諧師たちの間で、芭蕉の俳諧芸術を復興させようという運動が大いに盛り上がっている時期でした。蕪村も俳諧宗匠として蕉風復興運動を積極的に盛り上げていて、奥の細道をテーマにした制作もその一環といえます。

当館所蔵作品の他に、京都国立博物館に2点、逸翁美術館に1点、同様の巻子が現存しており、山形県美術館には屏風形式の作品も伝わっています。蕪村自身が「是等は最早愚老生涯の大業」と自負しており、芭蕉を顕彰する大仕事だという意欲がうかがえます。


与謝蕪村《奥の細道画巻》(部分・那須野)
1巻 江戸時代、安永7年(1778)(会期中巻替あり・前期)

さて、こちらは巻子の前半部分、江戸を出発した芭蕉と曾良が、那須野(現在の栃木県北部)にある黒羽というところを訪れた場面です。二人がある村で馬を借りたところ、村の幼い子供たちが二人、馬のあとをついてきたそうです。

なんとも愛らしい様子の二人は兄妹のように見えます。
何かの遊びの途中だったのか、棒きれを持った少年と、その後ろを一生懸命追いかける少女。
少女は「かさね」という名前でした。
名前までもが可憐な彼女の様子を感慨深く思い、曾良が有名な句を詠んでいます。

かさねとは八重撫子(やえなでしこ)の名(な)成(なる)べし 
(かさねとはとても可愛らしい名前だが、花に例えるなら花びらを八重に重ねた八重撫子だろう)

蕪村は本作の制作にあたり、このエピソードを『おくのほそ道』に取り上げた芭蕉の感動を最大限に汲み取って、幼い子供たちの可愛らしい無邪気な様子を丁寧に描いています。芭蕉が残した名文学を、いかに解釈して、詩と書と画で表現するか。俳画芸術の完成者として知られた蕪村の力量が光ります。

《奥の細道画巻》は全長18メートルを超える長大な巻子で、残念ながら当館展示室のケース内では全てを一度に展示することができません。(一番長いケースで14メートルはあるのですが、それでも足りません)
そのため、会期中に巻替えを行い、9月24日(日)までは画巻の前半部分、9月26日(火)からは後半部分をご覧いただけます。

ぜひ巻頭から巻末までお見逃しなくご覧ください。

「芸術家たちのセンチメンタル・ジャーニー」展のご案内

まだ夏の暑さが残りますが、空の色や日差しには少しずつ秋の気配が感じられるようになってきました。

秋といえば芸術鑑賞、そして、旅にも良い季節ですね。現在海の見える杜美術館では、そんな季節にぜひご覧いただきたい「芸術家たちのセンチメンタル・ジャーニー」展を開催中です。

エントランスの様子

旅は古来芸術家たちにもインスピレーションを与えてきました。日本の芸術家たちも、様々な土地を旅しては、その経験を自身の表現に活かしています。今回の展覧会では、旅する芸術家たちの足跡を、当館が所蔵する日本絵画コレクションでたどってみました。平安時代の日本を歌とともに旅した西行法師から、発達した交通手段を利用して海外まででかけていった竹内栖鳳ら近代の画家たちまで、多彩な旅にまつわる絵画作品をお楽しみいただけます。

小さなブックレット(税込み550円)も絶賛発売中です。

チラシとブックレットです

展覧会は10月22日(日)までです。遊歩道の植物も徐々に秋の気配です。ぜひ展覧会とあわせてお楽しみください。