おめでたい魚たちの絵

海の見える杜美術館では、8月22日(日)まで「アート魚ッチング ―描かれた水の仲間たち―」を開催しています。

本展の第2章では、「福よコイ! めでたいお魚大集合」としておめでたい意味を持つ魚の絵画を紹介しています。

こちらは伝狩野休真の《滝登鯉》。

伝狩野休真《滝登鯉》 海の見える杜美術館

伝狩野休真《滝登鯉》 嘉永7年(1854)

一匹の鯉が今まさに急流の滝を登ろうとしている場面を描いています。この作品は、「黄河の上流にある龍門という急流を登り切った鯉は、竜に変じる」という中国の「登竜門」の故事にもとづいています。

現在でも成功や出世につながる難しい試験やコンテストのことを「登竜門」と言いますよね。日本で5月5日の端午の節句にあげる鯉のぼりもこの「登竜門」の故事にルーツがあるとされています。

江戸時代には、この絵のような立身出世への願いを込められた「鯉の滝登り」の図がよく作られました。

こちらは金太郎(坂田金時)が巨鯉を捕まえたという逸話をもとにした引札です。

《金太郎と鯉》

《金太郎と鯉》 大正時代

丈夫で健康な男児の象徴である金太郎もおめでたい図柄として好まれ、この鯉と金太郎の図も身体堅固、立身出世を願ってよく作られました。

日本でおめでたい魚として有名なものに鯛がいます。

鯛は、名前の響きが「めでたい」に通じることや身体の赤色が邪気を払うとされたこと、また七福神の恵比寿の持物であったことなどからおめでたい魚とされていました。

お正月に店の広告として配られる引札には、商売繁盛の神である恵比寿とともに鯛がよく登場します。

《恵比寿と大黒》 《日の出 船上の恵比寿 美人と鯛》

上:《恵比寿と大黒》 明治35年(1902)頃

下:《日の出 船上の恵比寿 美人と鯛》 明治40年(1907)頃

引札の恵比寿と鯛の図柄は、バリエーションに富んでおり見ていて飽きないです。

第2章の最後では、魚を題材にした中国のおめでたい現代年画も紹介しています。

こちらはその内、「金魚満堂」という図。

《金魚満堂》

《金魚満堂》 中国・1984年頃

金魚鉢の中を泳ぐ金魚を描いた作品です。

金魚は金玉(きんぎょく、黄金や玉(翡翠のこと)などの財宝)に通じ、それが部屋に満ちている(満堂)ことから、財力や経済的な豊かさを象徴したおめでたい絵となっています。

このように魚たちには様々なおめでたい意味がこめられ、絵画化されました。

今回の展示では、ブログで紹介している以外にもおめでたい魚たちの絵を紹介しています。会期も残り3週間を切りましたが、最後まで「アート魚ッチング」展をよろしくお願いいたします。

大内直輝

展覧会ブログ① 大野麥風の『大日本魚類画集』

海の見える杜美術館では、5月29日(土)から8月22日(日)まで「アート魚ッチング ―描かれた水の仲間たち―」展を開催しています(会期中展示替あり)。

 

この展覧会は、海の見える杜美術館が所蔵する、水の生き物を題材にした江戸時代から昭和時代までの絵画を展示し、美術の中で描かれてきた水の生き物を紹介する展覧会です。

 

今回の出品作品の中で目玉の一つは、展覧会の最後に紹介する『大日本魚類画集』です。

大野麥風『大日本魚類画集』「鯛」

大野麥風『大日本魚類画集』「鯛」 第1輯第1回 昭和12年(1937)8月

海中を悠々と泳ぐ3匹の鯛が、色鮮やかに活き活きと表現されています。まるで筆で描かれたようなこの作品、実は版画です。

 

この『大日本魚類画集』は、昭和12年(1937)~昭和19年(1944)にかけて全6輯(しゅう)72点が制作・出版された魚の版画集です。原画を担当したのは、「魚の画家」といわれた大野麥風で、彫師・摺師も当時一級の腕を持った人物が携わりました。

大野麥風『大日本魚類画集』「テナガエビ」解説

『大日本魚類画集』「テナガエビ」解説表紙

 

また、魚の版画以外にも「近代魚類分類学の父」と言われた東京帝国大学教授・田中茂穂と著名な釣り研究家・上田尚による魚の解説が付属していました。

大野麥風『大日本魚類画集』「カツオ」

大野麥風『大日本魚類画集』「カツオ」 第3輯第9回 昭和15年(1940)5月頃

 

この魚類画集は、「本邦初の魚類生態画」という謳い文句の通り、魚たちの泳ぐ姿やその生活環境までも丁寧に描写した作品です。麥風は、泳ぐ魚の姿を見るために、戦前はまだ珍しかった水族館に足を運びました。また、より正確な魚の色彩と生活環境を知るために潜水艦に乗り込み、実際に海の中を泳いでいる姿を観察したそうです。そのような熱意と努力のもとにうまれた本作は、まさしく「本邦初の魚類生態画」の名にふさわしいものとなっています。

大野麥風『大日本魚類画集』「フグ」

大野麥風『大日本魚類画集』「フグ」 第3輯第5回 昭和15年(1940)1月

 

こちらは可愛らしい「フグ」。本展のため製作したブックレットの表紙にもなっている作品です。

 

色彩のグラデーションも細かく丁寧につけられています。また、色の濃淡によって手前にいるフグと奥にいるフグを区別しています。

本物の魚に近い色鮮やかさや緻密さを実現するために、何度も摺りを重ね、麥風本人も彫師や摺師に対する注文を摺り見本に細かく書いたそうです。

実際に会場で目にすると、その色鮮やかさや緻密さがより伝わってきます。

 

今回の展覧会では、全6輯72点の内、当館で所蔵する1~4輯までの47点(3輯の1点欠)を紹介しています。当館で本作をま とめて公開する機会は、今回が初めてです。魚類をテーマにした版画の傑作、『大日本魚類画集』の魅力を味わっていただければと思います。

 

大内直輝