カワヅザクラ(河津桜)と平家物語絵展5

カワヅザクラ(河津桜)が満開です。若葉がすこしずつ芽を出し始めました。

河津桜(3/25)

カンヒザクラ(寒緋桜)は満開です。

寒緋桜(3/25)

ソメイヨシノ(染井吉野)はまだつぼみです。

染井吉野(3/25)

これからソメイヨシノ(染井吉野)・シダレザクラ(枝垂桜)・ヤエザクラ(八重桜)が花開きます。平家物語絵展期間中の4月中旬、開花が長ければ下旬まで桜の花を楽しむことができます。

もりひこ

平家物語絵展が日曜美術館アートシーンで紹介されます

3月27日放送のNHK Eテレ「日曜美術館アートシーン」で、「平家物語絵展」が紹介されることになりました。放送時間などの情報は番組のホームページでご確認ください。

エントランスホールの様子

桜のつぼみが少しずつ開いてきました。ご来館お待ちしております。

平家物語絵展開幕と虹

3月19日平家物語絵 修羅と鎮魂の絵画展が開幕しました。

美術館1階ロビー

展覧会初日の3月19日には平家ゆかりの厳島 瀬戸内海の方向に虹がかかりました。

美術館2階うみもりテラスから広島市方面を望む

その日は昼から何度も何度も虹がかかりました。

美術館エントランスのピロティーから瀬戸内海と厳島を望む

平家の人々が行き来した瀬戸内を見晴らす美術館で、平家物語絵展をお楽しみください。

もりひこ

カワヅザクラ(河津桜)と平家物語絵展4

カワヅザクラ(河津桜)が満開です。

河津桜

駐車場のすぐ横に並木道があります。

駐車場の西洋実桜(サクランボの木)の奥に見える河津桜の並木道

平家と深いゆかりのある厳島を河津桜ごしに望みます。

河津桜と厳島

平家物語絵 修羅と鎮魂の絵画 3月19日(土) いよいよ開幕です!

もりひこ

カワヅザクラ(河津桜)と平家物語絵展3

杜の遊歩道のカワヅザクラはいま、5分咲きぐらいです。

河津桜

なかには沢山の花をつけた木がありました。

河津桜

平家物語絵展が始まる3月19日はきっと満開だと思います。

梅林

梅林にはいろいろな品種の梅が植えられています。いまは1分から8分咲きといったところです。

平家物語絵展が開催した時には多くの樹々が満開を迎えそうです。

お楽しみに!

もりひこ

カワヅザクラ(河津桜)と平家物語絵展2

カワヅザクラの開花について、毎日お問い合わせをいただいております。
ご興味をもっていただき、ありがとうございます。
続報いたしますので、最新情報はぜひブログでご確認ください。

カワヅザクラ(河津桜)

現状はまだ一分咲きぐらいです。

シダレウメ(枝垂梅)

ちなみにシダレウメが五分咲きぐらい。

ミツマタ(三椏)

和紙の原料でもあるミツマタの花は今週中には満開になるでしょう。

これからいろいろな花々が次々と開花します。

展覧会が始まるころには、杜の遊歩道はたくさんの花々におおわれます。

お楽しみに!

もりひこ

カワヅザクラ(河津桜)と平家物語絵展

カワヅザクラの花が咲きました。

カワヅザクラ 海の見える杜美術館

開花したのはまだこの枝だけです。
駐車場から美術館につづく杜の遊歩道を少し下の方に歩くと、そこはカワヅザクラの園です。

カワヅザクラ  海の見える杜美術館2

広島でカワヅザクラの並木道はまだ珍しいのではないでしょうか。
春期特別展「平家物語絵 修羅と鎮魂の絵画」のオープン(3月19日)には満開であってほしいなと願っています。

カワヅザクラ  海の見える杜美術館3

咲くとこんな感じです。
是非お立ち寄りください。

そういえば駐車場から美術館までフラッグが掲げられました。

平家物語絵海の見える杜美術1

少しずつ気分が高揚してきました。

平家物語絵海の見える杜美術2

テーマは「修羅と鎮魂」です。
ぜひとも多くの方々にご覧いただければと思います。

もりひこ

うみもり香水瓶コレクション16  フロマン=ムーリス(帰属)《香水瓶》

こんにちは。特任学芸員の岡村嘉子です。海の見える杜美術館が収蔵する香水瓶の制作年代は、古代エジプトの先王朝時代に当たるナカダⅡ期(紀元前3700-3250年)から今日までの約5700年間に及びます。この悠久の歴史のなかで生まれた香水瓶を、一つ一つ調査するなかで、もっとも面白いことのひとつは、ある時代の人間が、はるか遠い祖先の時代の様式を再び採用していることです。つまり、いわゆるリヴァイバルですね。

リヴァイバルが起こった地域や時代は様々ですが、そこには、先人の知恵に学び、新たな活力にしようとする温故知新の意を見ることができます。

そこで今回は、そのような温故知新の香水瓶をご紹介いたします。こちらです👇

©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima
©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima

フロマン=ムーリス(帰属)《香水瓶》1840年頃、透明クリスタル、銀、金属に銀メッキ、 海の見える杜美術館France, FROMENT MEURICE attribued to, PERFUME FLACON -C.1840 Transparent crystal, silver, silvered metal, Umi-Mori Art Museum,Hiroshima ©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima

1840年頃のフランスで制作されたこの香水瓶は、過去のいつの時代を主題としているかおわかりになりますか?

それを解くカギはいくつかありますが、最も分かりやすい部分は、香水瓶のボトル中央部分に添えられた人物像の服装でしょう。こちらです👇

©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima
©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima

右の人物は、往年の大ヒット映画『おかしなおかしな訪問者』に登場する騎士のような、時代がかった甲冑を身に着けているのがわかります。左の人物はゆったりとしたドレスを纏っています。ただしこれだけでは、時代を断定しづらいので、同様に人物像が配された香水瓶の反対の面を見てみると……、

©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima
©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima

こちらはさきの女性の服装よりも、多くを語ってくれますね! 右の男性は、中世におけるステイタス・シンボルであったマントを纏っていますし、左の女性は、特徴のある帽子をかぶり、体の線を強調した、優美なプリーツのある丈長のドレスを着ています。その服装から、中世の人物が表されているのがわかります。実際、先行研究のなかでも、ここで表現されているのは、騎士と城主夫人と考えられているのです。

反対側の面です。 ©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima
反対側の面です。
©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima

また、この香水瓶の制作年代に鑑みても、中世の、とりわけゴシック時代に思いを馳せて制作されたものと推定できます。もともと、19世紀は世紀を通じて、過去の様式を次々と復活させる歴史主義が西欧を席巻した時代でもありました。そのため、ゴシック様式のみならず、古代ギリシャ・ローマの芸術を模した新古典主義もあれば、ロマネスク様式やルネサンス様式、さらにはバロック様式もあり、一見しただけでは一体いつの時代のものかわからないような紛らわしい(←正直な感想)建造物や装飾品、また絵画・彫刻が新たにつくられました。この現象の背景については、またの機会に詳述するとして、香水瓶の制作年である1840年頃のヨーロッパに注目すると、それはゴシック・リヴァイバルが興隆していた時期に当たるのです

例えば、火事で焼失したロンドンの国会議事堂の再建案が当初のルネサンス様式からゴシック様式に変更して再建されるのもこの時期のことですし、文学ではそれに先立つ前世紀後半から19世紀初頭にかけて、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』等のゴシック小説や、ゴシック様式の大聖堂の偉大さを説いたシャトーブリアンの『キリスト教精髄』など、枚挙にいとまがありません。

さらに、それらと平行して、パリのノートル・ダム大聖堂等、フランス有数の歴史的建造物の修復や調査が数多く行われ始めたことで、その力学的正しさが解明され、過去の遺物の再評価につながったことも見逃せない同時代の出来事でしょう。

岡村嘉子撮影、2019年8月

岡村嘉子撮影、2019年8月

ところで、当時の中世への関心の高まりを、2019年にパリ市立プティ・パレ美術館で開催された「ロマン主義時代のパリ、1815-1848年」展は、とてもよく伝えてくれるものでした。何人ものパリの友人から熱心に勧められて足を運んだのですが、数度の革命を経ながら、近代的なパリの礎が築かれていくこの時代に、パリジャンがある種の誇りや強い愛着を抱いていることを、改めて知ることとなりました。

岡村嘉子撮影、2019年8月

岡村嘉子撮影、2019年8月

会場内は、パリを散策するかのように、ルーヴルやカルティエ=ラタンなど、名所ごとに当時を再現した展示で構成されていました。そのなかでも15世紀のパリを舞台としたヴィクトル・ユゴーの『ノートルダム・ドゥ・パリ』(1831年)で始まるノートル・ダム大聖堂の展示室は、ゴシックの大聖堂の装飾を模した椅子や置時計、中世の甲冑姿のブロンズ像などが展示され、この時代における中世への熱をよく表したものでした。

この展示の意義深さは、ユゴーが小説の執筆に先立つ1825年から既に、革命等によって無残な姿となった歴史的建造物の崩壊を食い止めようと呼びかけていたことや、『カルメン』の著者、プロスペル・メリメのフランス歴史的記念物監督官としての歴史的建造物保護の活動を紹介したことでしょう。つまり、この時代の中世への熱は、単なる理想化された過去への憧れのみではなく、何もしなければ消え去ってしまう遺物を後世に残そうという使命感をも伴うものであったのです。温故知新は、古きものが現存してこそ叶うものです。新たなものを作り出すときの知恵の宝庫を自らの世代で失わせまじとした、当時の文学者たちの高邁な精神と行動に胸が熱くなります🔥。

実は、香水瓶の作者と考えられる人物も、時代を彩った文学者らと近しい関係にありました。現段階では断定に至っていないため、「帰属」と付していますが、フロマン=ムーリスとは、フランソワ=デジレ・フロマン=ムーリス(1801-1855)という、第1回ロンドン万国博覧会(1851年)をはじめ、数々の舞台で最高賞を受賞し、当時のヨーロッパ全域にその名をとどろかせた、金銀細工師・宝飾デザイナーです。彼が得意としたのは、まさに本作品のような中世趣味の作品でした。当時の知識人の関心にかなう主題に加えて、彫刻の修業もした彼の作品は、極めて精巧な彫がなされているため、バルザックやテオフィル・ゴーティエといった作家たちや王侯貴族が作品を求めました。

フロマン=ムーリスが個人のために手掛けた作品は現在、ルーヴル美術館やオルセー美術館、パリ市立バルザックの家等に収蔵されており、聖体顕示台や聖遺物箱など、教会のために制作した作品は、マドレーヌ寺院をはじめとする教会にそのまま保存されています。それらを見る度に、その技術の高さに圧倒されます。

©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima
©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum,Hiroshima

《セント・ボトル》18世紀、イギリス、陶器、海の見える杜美術館

ところで、この香水瓶の様式は、トルバドゥール様式ともいわれます。トルバドゥールとは、中世の騎士物語や恋愛詩、武勲詩を、楽器を奏でながら詠った吟遊詩人のこと。様式名は、彼らの調べで蘇る世界が表現されているがゆえのことでしょう。

現在、海の見える杜美術館は冬季休館中ですが、春の開館に向けて、相澤正彦氏を監修に迎えた企画展「平家物語絵展 修羅と鎮魂の絵画」の準備の真最中です。そのせいでしょうか、私には、トルバドゥールが琵琶法師に、中世の騎士や十字軍兵士が平家公達に重なってしまうのです。そのようなわけで、「平家物語絵」展開催期間中の香水瓶展示室では、今回の香水瓶や、トルバドゥールを連想させる音楽家をかたどった作品(上画像)等を出品する予定です。企画展に合わせて、ぜひ香水瓶展示室もご覧下さいませ。

岡村嘉子(特任学芸員)

 

引札 新年を寿ぐ吉祥のちらし 4(引札の豆知識ほか)

展 覧 会 名 : 引札 新年を寿ぐ吉祥のちらし
会   期 : 2021年11月27日(土)~12月26日(日)
会   場 : 海の見える杜美術館

「引札 新年を寿ぐ吉祥のちらし 3」から続く

第3展示室に現存企業一覧のパネルを掲示しました。
現存企業一覧

展示室の各所では、展示品近くに「引札の豆知識」の拡大パネルを掲示して観覧の補助としました。

引札の豆知識 (1)

引札の豆知識 (1)

引札の豆知識 ①
引札に記された文字は、絵師の名前、絵の印刷所の名前、暦の印刷所の名前などです。

引札の豆知識 (2)

引札の豆知識 (2)

引札の豆知識 ②
引札は絵と共に店名等を記載して配布するものです。本展覧会に多く見られる店名のないものは、見本として制作されたものです。(この二枚は同じ年の物ではないので暦の年が異なっています)

引札の豆知識 (3)

引札の豆知識 (3)

引札の豆知識 ③
明治十六年の引札までは、略暦(カレンダー)に政府の発行許可済みを示す頒暦証と、暦を発行する頒暦商社の印があります。

引札の豆知識 (4)

引札の豆知識 (4)

引札の豆知識 ④
技法のところに記されている「凸版(木版製版 多色摺)」は、江戸時代の浮世絵と同じ印刷技法のことです。この技法で作られた引札には浮世絵と同じような味わいがあります。

引札の豆知識 (5)

引札の豆知識 (5)

引札の豆知識 ⑤
あまり多くは見られませんが、銅版を用いて製版された引札があります。
銅版は、銅の板に傷をつけて線を引くことで、木版よりも細かな線を表現することが可能です。

引札の豆知識 (6)

引札の豆知識 (6)

引札の豆知識 ⑥
地紋フィルムというスクリントーンのようなものを使って、肉眼では見えないような小さな点を印刷した引札があります。この引札では背景の黄色の点のところです。

引札の豆知識 (7)

引札の豆知識 (7)

引札の豆知識 ⑦
硬質の木を輪切りにして木口を版木として使用する木口木版という技法を用いた引札があります。銅版のような精密な絵柄をつくります。版木が小口のサイズに限られるため、このように引札の一部分に使われます。

引札の豆知識 (8)

引札の豆知識 (8)

引札の豆知識 ⑧
明治時代後期になると、色の点を掛け合わせて様々な色を表現する、クロモ石版という技法で柔らかな色彩を繊細に描いた引札がでてきました。

引札の豆知識 (9)

引札の豆知識 (9)

引札の豆知識 ⑨
空摺(からずり)とは、手作業で紙に凹凸をつける技法です。江戸時代の浮世絵に使われていて、数多くの明治の引札にも用いられました。

引札の豆知識 (10)

引札の豆知識 (10)

引札の豆知識 ⑩
空押(からおし)とは、機械で紙に凹凸をつける技法です。手摺から機械印刷にかわっても、凹凸をつけた表現にこだわった引札が多数あります。

引札の豆知識 (11)

引札の豆知識 (11)

引札の豆知識 ⑪
明治時代の引札制作には多くの絵師がかかわりましたが、はじめに牽引したのは浮世絵師でした。

引札の豆知識 (12)

引札の豆知識 (12)

引札の豆知識 ⑫
日本画家としても活躍した絵師がいます。北野恒富(3-08)は妖艶な女性像を描く作家として知られますが、ポスター等の広告物や新聞の挿絵なども手がけるなどグラフィックデザイナーとしての面もあり、引札も手掛けたものと思われます。

引札の豆知識 (13)

引札の豆知識 (13)

引札の豆知識 ⑬
引札を描いた絵師の中には、現在ではほとんど知られず、生没年や経歴が不詳の人が大勢います。引札を専門に活躍していた人の中に多いようです。三島文顕もその一人です。

引札の豆知識 (14)

引札の豆知識 (14)

引札の豆知識 ⑭
有名な話をパロディーにした引札があります。

引札の豆知識 (15)

引札の豆知識 (15)

引札の豆知識 ⑮
人々が憧れる最新の機器が描かれます。
この引札には使っている様子が詳しく描かれています。

引札の豆知識 (16)

引札の豆知識 (16)

引札の豆知識 ⑯
品物の製造工程を一通り描いた引札が数多くあります。店の扱う商品は、正当に作られたものであることをアピールする意味もあったことでしょう。
この引札は茶摘みから袋詰めまで、茶の製造工程が詳しく描かれています。

引札の豆知識 (17)

引札の豆知識 (17)

引札の豆知識 ⑰
商売の風景の中にも、大小暦が隠されていることがあります。大小暦とは、各月の日数が三十日を大の月、二十九日を小の月と呼んだものです。簡単なカレンダーとして使われていました。

引札の豆知識 (18)

引札の豆知識 (18)

引札の豆知識 ⑱
洗濯屋などの新しく生まれた仕事も引札に描かれました。
どのようなサービスなのか、引札を使ってその内容を積極的に宣伝したのでしょう。

引札の豆知識 (19)

引札の豆知識 (19)

引札の豆知識 ⑲
恵比寿、大黒などの福の神は引札界のスターとも言え、多くの引札に様々な姿で描かれています。この引札では、一見、福の神とは気が付きにくいのですが、左上に狩衣に折烏帽子姿のふくよかな人物の恵比寿を発見すると、中央の大きな人物は、二人そろって商売繁盛の神として描かれるもう片方の大黒とみて間違いありません。シルクハットのモーニング姿は広告屋の口上役の衣装ですから、店頭で呼び込みの仕事をしていることがわかります。

引札の豆知識 (20)

引札の豆知識 (20)

引札の豆知識 ⑳
人が七福神になりきったり、コスプレしたりしている絵があります。

引札の豆知識 (21)

引札の豆知識 (21)

引札の豆知識 ㉑
ありえない設定の、インパクトある絵が描かれています。引札は、人をひきつけ興味を持ってもらうことも大切な役目のひとつです。

 

展覧会は以上です。

この度の出品作品はすべて海の見える杜美術館所蔵品です。

展覧会開催に合わせて発刊しました『資料集 引札』には館蔵品の中から1756点の引札をカラーで掲載しています。興味をお持ちの方はぜひご覧ください。

資料集 引札 海の見える杜美術館 2021

資料集 引札 海の見える杜美術館 2021

引札 新年を寿ぐ吉祥のちらし 5(資料集)

青木隆幸

引札 新年を寿ぐ吉祥のちらし 2(第2・3展示室)

展 覧 会 名 : 引札 新年を寿ぐ吉祥のちらし
会   期 : 2021年11月27日(土)~12月26日(日)
会   場 : 海の見える杜美術館

「引札 新年を寿ぐ吉祥のちらし 1」から続く

第3章 引札を描いた絵師たち

機械式の大量印刷が始まると、やがて全国の小さな個人商店までもが引札を購入するようになり、明治後期には1,000万枚以上が全国で配られたといいます。引札の流通が盛んになるにつれ、絵を手掛ける絵師たちの人数も増え、顔ぶれも多様化していきます。今回調べただけでも100名を超える絵師が引札に参画していることが分かり、長谷川派や歌川派の浮世絵の流れを汲む絵師たち、日本画家や洋画家として名前を知られる作家たちがいるほか、引札の中でしか名前を見ることのできない経歴等がいまだ不明な画家も多くいます。
この章では引札に関わった絵師たちをご紹介いたします。

第2展示室

第2展示室

引札主要絵師の生没年表

3-01 松川 半山 獅子 牡丹 明治前期 凸版(木版整版 多色摺) 寿栄堂 版

3-01
松川 半山
獅子 牡丹
明治前期
凸版(木版整版 多色摺)
寿栄堂 版

3-01 松川 半山は江戸後期~明治時代の画家。別号翠栄堂、霞居、直水など。大坂の狂歌師鬼粒亭力丸の子。名所図会などの画家菅松峯に師事しました。狂歌本の挿絵や絵口合の絵を手掛け、後年には戯作者の暁鐘成と連携して、名所図会や案内記・絵地図類にて傑作を多く世に出しました。文明開化に即応する啓蒙書の著者としても活躍。

3-02 歌川 芳春 七福神 財宝 荷車 気球 富士 明治十四年(一八八一)頃 凸版(木版整版 多色摺) 中村小兵衛 版

3-02
歌川 芳春
七福神 財宝 荷車 気球 富士
明治十四年(一八八一)頃
凸版(木版整版 多色摺)
中村小兵衛 版

3-02 別号一梅斎、朝香楼など。はじめは芳晴、その後芳春と号しました。二代柳川重信、のちに歌川国芳の門人となります。本格的な活動期は弘化年間から明治十年代頃。美人画、武者絵のほか、大曲馬・蒸気車などの開化絵、おもちゃ絵、読本挿絵などを手掛けました。武者絵の代表作に《水滸伝豪傑鏡》(安政三年頃)がある。

3-03 笹木 芳光 松竹梅 牡丹 菊 水仙 鶴亀 明治二十七年(一八九四)頃 凸版(木版整版 多色摺) 饗庭長兵衛 版

3-03
笹木 芳光
松竹梅 牡丹 菊 水仙 鶴亀
明治二十七年(一八九四)頃
凸版(木版整版 多色摺)
饗庭長兵衛 版

3-03 俗名嘉造。歌川国芳の流れを汲む大坂の浮世絵師・中井芳瀧の門人。『古今博識一覧』(一八九一)の現存日本画人名一覧流派早見一覧には大阪の歌川派としてただ一人掲載されている画師です。幕末の役者絵が多く残されているほか物語絵などもあります。引札には花鳥を主としたものがあります。

3-04 川﨑 巨泉 女性 襖 大福茶 松 梅 牡丹 明治後期 平版(木版 石版転写 多色刷)

3-04
川﨑 巨泉
女性 襖 大福茶 松 梅 牡丹
明治後期
平版(木版 石版転写 多色刷)

3-04 明治時代の浮世絵師・郷土玩具画家。別号人魚洞・芳斎・碧水居。中井芳滝に師事しました。芳滝の遺志であった新聞、雑誌の挿絵や連載物のほか、シリーズ物の印刷風俗画作品「大阪名所」の制作を引き継ぎました。明治三十六年頃から郷土玩具への関心を高め、郷土玩具の素朴な美しさを写生画に残す傍ら、玩具の研究を行いました。

3-05 長谷川 竹葉 恵比寿 大黒 宝船 日の出 "入宝" 明治十四年(一八八一)頃 凸版(木版整版 多色摺) 中村小兵衛 版

3-05
長谷川 竹葉
恵比寿 大黒 宝船 日の出 “入宝”
明治十四年(一八八一)頃
凸版(木版整版 多色摺)
中村小兵衛 版

3-05 別号は翠軒。作画期は明治八年頃から二十二年頃までと考えられます。名所や祭事を描いた錦絵のほか、本の制作や出版にも携わります。著書に日本各地の説話集である『新文図説』など。文部省編集の書籍への作画を行ったり、天皇はじめ公家、軍人ら婦人、画工に至るまで様々な人物の肖像画を描いたりと、幅広く活動しました。

3-06 長谷川 貞信(二代) 松 梅 牡丹 菊 大福茶 明治中期 凸版(木版整版 多色摺)

3-06
長谷川 貞信(二代)
松 梅 牡丹 菊 大福茶
明治中期
凸版(木版整版 多色摺)

3-06 初代長谷川小信で、初代長谷川貞信の長男。父に絵を学ぶが、父の勧めで歌川芳梅にも学びました。役者絵のほか、文明開化期の世相や事件、風俗を描き、当時新しいメディアだった錦絵新聞も手掛けました。木版画以外に銅版画の作品もあります。明治十七年からは、中判が主流だった上方役者絵の大判を復活させました。

3-07 長谷川 小信(三代) 恵比寿 大黒 鯛 明治中期 凸版(木版整版 多色摺)

3-07
長谷川 小信(三代)
恵比寿 大黒 鯛
明治中期
凸版(木版整版 多色摺)

3-07 三代長谷川貞信のこと。二代長谷川貞信の長男。道頓堀各座の番付や役者の似顔絵集、立川文庫の口絵などを手掛けました。小信は後年、引札やそれに関わる絵師の話を残しており、それらは引札研究の重要な資料となっています。

3-08 北野 恒富 騎馬の大将 陸軍兵士 色紙 桜 日の出 明治三十七年(一九〇四)頃 平版(木版 石版転写 多色刷) 古島竹次郎 版

3-08
北野 恒富
騎馬の大将 陸軍兵士 色紙 桜 日の出
明治三十七年(一九〇四)頃
平版(木版 石版転写 多色刷)
古島竹次郎 版

3-08 明治~昭和時代の日本画家。別号夜雨庵。月岡芳年に浮世絵を学んだ稲野年恒に師事。明治中期から末期頃、新小説の口絵を手掛けました。明治四十三年文展で「すだく虫」が初入選。大正三年らは院展に出品。同六年に日本美術院同人。また、大正美術会、大阪美術会を結成し、大阪を拠点に美人画を描きました。

3-09 鈴木 年基 広告屋 口上役 象 ラッパ 明治中期 凸版(木版整版 多色摺)

3-09
鈴木 年基
広告屋 口上役 象 ラッパ
明治中期
凸版(木版整版 多色摺)

3-09 明治時代の浮世絵師。通称は雷之助。別号雷斎、蕾斎。月岡芳年の門人。名所風景画や人物画を描きました。西南戦争の立役者達を大判の大首絵で描いた「文武高名伝」(明治十年)や、戦争の場面を大判三枚続で描いた錦絵などが知られます。同年に鈴木雷之助の名で絵草紙『薩摩大戦記』六編を刊行しています。

3-10 林 基春 広告屋 口上役 大黒 床の間 正月 明治中期 凸版(木版整版 多色摺)

3-10
林 基春
広告屋 口上役 大黒 床の間 正月
明治中期
凸版(木版整版 多色摺)

3-10 明治時代の浮世絵師。大坂の人。通称は捨蔵、別号は公斎。鈴木年基に学びますが、葛飾北斎らの画風にならいました。挿絵の作例が多いものの、団扇絵や石版画の風景画作品も残っています。

3-11 田口 年信 鼠 正月 書初 "御注文" 明治三十三年(一九〇〇)頃 平版(木版 石版転写 多色刷) 古島竹次郎 版

3-11
田口 年信
鼠 正月 書初 “御注文”
明治三十三年(一九〇〇)頃
平版(木版 石版転写 多色刷)
古島竹次郎 版

3-11 田口年信は明治期の浮世絵師。別号に修斎、鮮中舎、国梅。月岡芳年や川端玉章の門人です。本姓は白井で、田口家の養子となったことから田口姓を名乗る。俗称信次郎。明治二十三年には大阪で活動し、新聞挿絵や講談本の口絵を描きました。晩年は東京で玉章に学び、日本画の通信教授を務めました。

3-12 浅田 一舟 自動車 自動二輪車 飛行機 市街風景 富士 明治末~大正 平版(木版 石版転写 多色刷)

3-12
浅田 一舟
自動車 自動二輪車 飛行機 市街風景 富士
明治末~大正
平版(木版 石版転写 多色刷)

3-12 浅田一舟は明治期の絵師。鈴木年基、武内桂舟に学び、風俗画家として大成しました。引札や団扇の図案制作を得意とし、挿絵も手掛けました。

3-13 島 御風 女性 傘 桜 大正八年(一九一九)頃 平版(木版 石版転写 多色刷) 古島竹次郎 版

3-13
島 御風
女性 傘 桜
大正八年(一九一九)頃
平版(木版 石版転写 多色刷)
古島竹次郎 版

3-13 島御風は、大坂の美人画家で知られる島成園の兄にあたります。大正から昭和の時代にかけて、引札や団扇などに絵を描く画工を生業とする傍ら、浅田一舟に師事して日本画家としても活躍しました。

3-14 広瀬 春孝 扇 菊 龍 富士 風呂敷 明治後期 凸版(木版整版 多色摺)

3-14
広瀬 春孝
扇 菊 龍 富士 風呂敷
明治後期
凸版(木版整版 多色摺)

3-14 大坂の浮世絵師・林基春の門人。別名広瀬楓斎。名所絵を得意としました。代表作に《伊勢名所 伊勢土産名所図画》(全八枚、明治三十年)、《大阪名所》(明治三十一年)があります。ほかに『大正橋心中』(大正四年)の口絵・表紙を制作しました。

3-15 広田 春盛 式三番 三番叟の段 鈴之舞 日の出 若松 式三番 三番叟の段 鈴之舞 日の出 若松 明治中期 凸版(木版整版 多色摺)

3-15
広田 春盛
式三番 三番叟の段 鈴之舞 日の出 若松
式三番 三番叟の段 鈴之舞 日の出 若松
明治中期
凸版(木版整版 多色摺)

3-15 現段階では『大日本絵画著名大見立』(明治三十五)の番付 東前頭の最下段に名前と住所(大阪清水町三休橋)を見つけることができますが、それ以外の記録がありません。引札も日本画家 今尾景年の引札コレクションに見本十二点を見る以外になく、未詳の作家と言わざるを得ない画家です。

3-16 尾竹 国一 万歳 屏風 州浜台 明治後期 平版(木版 石版転写 多色刷)

3-16
尾竹 国一
万歳 屏風 州浜台
明治後期
平版(木版 石版転写 多色刷)

3-16 明治期の富山浮世絵の代表的な絵師であり、日本画家。別号の越堂の名でも知られます。当初は四代歌川国政を師としたとされます。富山で版画、新聞挿絵や絵馬を手がけました。大阪に出て引札制作に携わり、東京に移った後は肉筆画を多く描きました。文展で活躍した弟の竹坡、国観と共に中央画壇で活躍し、尾竹三兄弟と称されました。

3-17 尾竹 国観 龍 富士 扁額 薔薇 明治後期 平版(木版 石版転写 多色刷)

3-17
尾竹 国観
龍 富士 扁額 薔薇
明治後期
平版(木版 石版転写 多色刷)

3-17 尾竹三兄弟の末弟。江戸時代末から明治にかけて富山で、薬のおまけとして作られた売薬版画(富山浮世絵とも言われる)の最盛期に活躍した絵師の一人です。日本画家でもあり、文展でも活動しました。

3-18 金森 観陽 女性 点茶 屏風 竹 梅 日の出 明治三十七年(一九〇四)頃 平版(木版 石版転写 多色刷)・空押 古島竹次郎 版

3-18
金森 観陽
女性 点茶 屏風 竹 梅 日の出
明治三十七年(一九〇四)頃
平版(木版 石版転写 多色刷)・空押
古島竹次郎 版

3-18 明治~昭和前期の日本画家。尾竹国一に学び、関西で活躍しました。また「サンデー毎日」連載の白井喬二作の「新撰組」などの挿絵も描きました。

3-19 木下 廣信 恵比寿 福助 鏡餅 宝尽 明治二十四年(一八九一)頃 凸版(木版整版 多色摺) 饗庭長兵衛 版

3-19
木下 廣信
恵比寿 福助 鏡餅 宝尽
明治二十四年(一八九一)頃
凸版(木版整版 多色摺)
饗庭長兵衛 版

3-19 号は日峯、五葉亭、白水など。鈴木廣貞に学び、のちに幸野楳嶺を師としたと言われています。明治二十四年の『古今博識一覧』の「日本画人名一覧流派早見一覧」には歌川派京都の木下廣信とあり、また『浮世絵師伝』では、初代廣信の門人(すなわち二代)で、柳唐、芦水家などの号もあり、初名は廣国であるとされています。

3-20 五十嵐 豊岳 兎 日の出 波 明治三十五年(一九〇二)頃 平版(木版 石版転写 多色刷) 古島竹次郎 版

3-20
五十嵐 豊岳
兎 日の出 波
明治三十五年(一九〇二)頃
平版(木版 石版転写 多色刷)
古島竹次郎 版

3-20 円山四条派を学んだ絵師・小荒井豊山の門で学びました。師豊山の画風を受け継いで、花鳥や山水画のすぐれた作品を描きました。晩年は襖絵や絵馬を多く手掛けています。

3-21 三島 文顕 仁徳天皇 難波高津宮 明治中期 凸版(木版整版 多色摺)

3-21
三島 文顕
仁徳天皇 難波高津宮
明治中期
凸版(木版整版 多色摺)

3-21 三島文顕の名は、数多くの引札の中に見られ、日本画家・ 今尾景年の引札コレクション二一六点の中に三十一点が含まれています。しかし、その経歴に関して残された情報は、戸田忠恕が出版した葛飾北斎画『浄瑠璃図絵』(明治二十四年九月)の奥付に北斎の絵を文顕が模写して版下を作ったという記録があるのみとなっています。

3-22 中川 蘆月 恵比寿(お宝) 大黒(白鼠 小槌)  "戎包…福帳…" 明治三十三年(一九〇〇)頃 平版(木版 石版転写 多色刷) 古島竹次郎 版

3-22
中川 蘆月
恵比寿(お宝) 大黒(白鼠 小槌) “戎包…福帳…”
明治三十三年(一九〇〇)頃
平版(木版 石版転写 多色刷)
古島竹次郎 版

3-22 円山派の木下蘆州に学んだ画家として知られています。現在確認できる作品は非常に限られており、数少ない残存作品を見る限り、関西で引札を中心とした作画活動を行っていたと思われます。双六の作画もおこなっています。

3-23 湯川 松堂 日の出 船 鶴 明治三十七年(一九〇四)頃 平版(木版 石版転写 多色刷) 古島竹次郎 版

3-23
湯川 松堂
日の出 船 鶴
明治三十七年(一九〇四)頃
平版(木版 石版転写 多色刷)
古島竹次郎 版

3-23 明治~昭和の浮世絵師で日本画家。別号楽寿、昇竜館。通称は愛之助。掛軸作品や、皇室の御用杉戸絵、木版画の出版物など、多彩に創作活動を行いました。大阪にて浮世絵師で画家の三谷貞広に師事したのち、近代京都画壇の中心人物だった鈴木松年に師事しました。三十六年に第五回内国勧業博覧会で入選しています。

3-24 尾形 月耕 恵比寿 大黒 宝船 日の出 富士 "玉"  明治後期 平版(木版 石版転写 多色刷)

3-24
尾形 月耕
恵比寿 大黒 宝船 日の出 富士 “玉” 
明治後期
平版(木版 石版転写 多色刷)

3-24 明治~大正の日本画家。錦絵の初筆は、明治十年の征韓論について描いた大判錦絵三枚続絵。活版印刷と洋装本普及期の中で、作画量随一の挿絵画家となります。明治二十年代は挿絵、錦絵の版下絵、日本画の制作と、彼の最も精力的な活動期です。著作に風俗を描いた錦絵『以呂波引 月耕漫画』があります。

3-25 「RS」款 汽車 船 松竹梅 雪 明治三十四年(一九〇一)頃 平版(木版 石版転写 多色刷) 古島竹次郎 版

3-25
「RS」款
汽車 船 松竹梅 雪
明治三十四年(一九〇一)頃
平版(木版 石版転写 多色刷)
古島竹次郎 版

3-25 画家の名は判明していませんが、このほかにもアルファベットでサインされた引札があります。いずれの作家も未詳。洋画家である可能性も考えられます。

 

第4章 引札に描かれた物語

新年に配布する引札には、新しい年の訪れを寿ぐ、長寿・富貴・商売繁盛・立身出世などの意味を持つおめでたい吉祥の図像が描かれていることがほとんどです。なかには鬼を退治して財宝を手に入れる桃太郎、正直者が富を得る舌切り雀の翁、努力によって村一番の農家となる種まき権兵衛などの、私たちもよく知る物語の一場面が描かれる引札も散見されます。これは、人々がそれら物語の中に勇敢さ・正直さ・勤勉さによって富を得るという、おめでたい面を見出したことによると思われます。
当時の人々に楽しまれた物語をご覧ください。

第3展示室

第3展示室

4-01 野村 信豊 桃太郎 猿鳥犬 財宝 桜 "日本一の大勉強" 明治後期 平版(木版 石版転写 多色刷)・空押 古島竹次郎 版

4-01
野村 信豊
桃太郎 猿鳥犬 財宝 桜 “日本一の大勉強”
明治後期
平版(木版 石版転写 多色刷)・空押
古島竹次郎 版

4-01 鬼を退治して財宝を手にする桃太郎の話は、明治時代の教科書に採用され、全国に知れ渡りました。幟の「日本一の大勉強」とは、日本一の大値引きという意味です。この桃太郎は品物をとても安く販売しているようです。

4-02 舌切り雀 翁 雀 稲穂 柴 鉄斧 財宝 明治二十八年(一八九五)頃 平版(木版 石版転写 多色刷)

4-02
舌切り雀 翁 雀 稲穂 柴 鉄斧 財宝
明治二十八年(一八九五)頃
平版(木版 石版転写 多色刷)

4-02 柴と斧の上に稲穂がたれて雀が集まってきています。画面右隅には財宝を手にしたお爺さんが描かれています。この組み合わせからは、舌切雀の話が思い出されます。親切心をもって毎日を送り、富を得るに至る話は、商売に携わる人々としても教訓であると同時に、めでたい物語でもあったのでしょう。

4-03 男女 松 鶴亀 見立高砂 金のなる木 "積善の…" 明治中期 平版(木版 石版転写 多色刷)・空押

4-03
男女 松 鶴亀 見立高砂 金のなる木 “積善の…”
明治中期
平版(木版 石版転写 多色刷)・空押

4-03 夫婦愛と長寿、人世を言祝ぐめでたい能「高砂」に見立てて若い男女が相生の松の下を掃いています。よく見ると、亀が種を蒔いて生えた「信用あつ木」「万しょうじ木」「万ほどよ木」から落ちる小金を集めているではありませんか。

4-04 「□権」款 天手力男神 天岩戸 巻子 明治後期 凸版(木版整版 多色摺)

4-04
「□権」款
天手力男神 天岩戸 巻子
明治後期
凸版(木版整版 多色摺)

4-04 太陽神の天照大御神が隠れた岩戸を天手力男神が引き開けて、暗闇の世界に光が差し込んだところです。光に重ねて名前を書いて、店が光で照らされているかのような演出になっています。

4-05 神功皇后 鮎釣 明治二十六年(一八九三) 平版(木版 石版転写 多色刷) 古島竹次郎 版

4-05
神功皇后 鮎釣
明治二十六年(一八九三)
平版(木版 石版転写 多色刷)
古島竹次郎 版

4-05 「戦に勝利するのであれば、魚が釣れる」という占いをして、見事アユを釣りあげてこの後の戦で勝利したという神功皇后の鮎釣り伝説が描かれています。この引札を使ったのはやはり生魚商、魚屋です。

4-06 五十嵐 豊岳 菅原道真 天拝山祈祷 稲妻 色紙 "祈商盛" 明治二十四年(一八九一)頃 凸版(木版整版 多色摺)

4-06
五十嵐 豊岳
菅原道真 天拝山祈祷 稲妻 色紙 “祈商盛”
明治二十四年(一八九一)頃
凸版(木版整版 多色摺)

4-06 讒言により大宰府に左遷された菅原道真が天拝山で己の無実を訴える場面です。浮世絵師 豊原国周も明治二十四年に似た図様の浮世絵を制作しています。よく見てみると、道真が掲げている紙には「祈商盛」と書いてあります。

4-07 尾竹 国一 常盤御前 雪行 雪除松 色紙 "色かへぬ…" 明治三十五年(一九〇二)頃 平版(木版 石版転写 多色刷) 古島竹次郎 版

4-07
尾竹 国一
常盤御前 雪行 雪除松 色紙 “色かへぬ…”
明治三十五年(一九〇二)頃
平版(木版 石版転写 多色刷)
古島竹次郎 版

4-07 源義経の母・常磐御前が、子ども達を連れて逃げる途中、松の下で雪をさける場面です。右上の色紙には「色かえぬ 常盤の松の千代かりて ひとえに願う 四方の御ひいき」の一句。常磐の松には冬の中でも色を変えない松の葉の意味があります。皆様の変わらないごひいきを願っていますというメッセージの引札です。

4-08 仮名手本忠臣蔵 七段目 力弥 由良助 明治後期 平版(木版 石版転写 多色刷)

4-08
仮名手本忠臣蔵 七段目 力弥 由良助
明治後期
平版(木版 石版転写 多色刷)

4-08 赤穂事件をもとにした主君のかたき討ちの物語、忠臣蔵の一場面です。かたき討ちの中心人物・由良助のもとへ、大星力弥が密書を届けたところ。忠臣蔵の中でも名場面とされています。由良之助は茶屋で酒を飲んでいるせいか赤ら顔に見えます。酒屋がこの引札を使う理由がそこにありそうです。

4-09 児島高徳 桜 "天莫空勾践… 桜木に…" 明治三十四年(一九〇一)頃 平版(木版 石版転写 多色刷) 古島竹次郎 版

4-09
児島高徳 桜 “天莫空勾践… 桜木に…”
明治三十四年(一九〇一)頃
平版(木版 石版転写 多色刷)
古島竹次郎 版

4-09 児島高徳は、元弘二年(一三三二)、後醍醐天皇が隠岐へ遠流となったとき、ただ一人が天皇救助を諦めずにその決意を桜の木に「天勾践を空しうすることなかれ、時に范蠡なきにしもあらず」と刻み、天皇を激励したといいます。勾践とは中国の春秋時代の越の王、范蠡は敗れた王・勾践を助けた忠臣。

4-10 五十嵐 豊岳 仁徳天皇 難波高津宮 煙 蔵 建築 "高きやに…" 明治中期 凸版(木版整版 多色摺)

4-10
五十嵐 豊岳
仁徳天皇 難波高津宮 煙 蔵 建築 “高きやに…”
明治中期
凸版(木版整版 多色摺)

4-10 仁徳天皇は民のかまどに煙が立っていないのを見て、民が貧しいことを知り、税金を取るのをやめ、自分も質素な生活をして宮殿が壊れても修理しませんでした。三年後、民は豊かになり、家々のかまどから煙が立つようになりました。添えられた句は「高きやにのぼりて見れば烟たつ 民のかまどは賑わいにけり」。

4-11 二宮尊徳 "ひこはえも…" 大正五年(一九一六)頃 平版(木版 石版転写 多色刷) 工藤亥三郎 版

4-11
二宮尊徳 “ひこはえも…”
大正五年(一九一六)頃
平版(木版 石版転写 多色刷)
工藤亥三郎 版

4-11 二宮尊徳(金次郎)は、年若い頃に薪を運ぶ間も惜しんで勉強して出世し、多くの村々を救ったことで知られる人物です。右の色紙の句の大意は、ひこばえ(孫生え 古株の根元から出る若芽)も花を咲かせるだろうから水を与えよう、というもの。

4-12 広瀬 春孝 種まき権兵衛 烏 "勉強で…" 明治中期 平版(木版 石版転写 多色刷) 古島竹次郎 版

4-12
広瀬 春孝
種まき権兵衛 烏 “勉強で…”
明治中期
平版(木版 石版転写 多色刷)
古島竹次郎 版

4-12 権兵衛は、まいた種を烏に食べられてしまう不器用な農民でしたが、努力を続けて村一番の農家になったと伝えられる人物です。添えられた句「勉強で種く おきゃくがはせくる 繁盛の…」の大意は、安売でお客が集まり大繁盛、というものと思われます。

4-13 川﨑 巨泉 浦島太郎 玉手箱 松竹梅 明治後期 平版(木版 石版転写 多色刷)

4-13
川﨑 巨泉
浦島太郎 玉手箱 松竹梅
明治後期
平版(木版 石版転写 多色刷)

4-13 竜宮城から帰った浦島太郎の玉手箱の上に、桃の形で囲った、松と梅が茂る蓬莱山が描かれています。茂る松と梅は松梅(ショウバイ)繁盛と読み取ることが出来、桃は中国から伝わる伝統的な長寿を意味するモチーフです。浦島太郎の話に富貴と長寿を得る吉祥性を見出した絵のようです。

4-14 養老の滝 翁 孝子 川 紅葉 "養老の滝の…" 明治三十四年(一九〇一) 平版(木版 石版転写 多色刷) 古島竹次郎 版

4-14
養老の滝 翁 孝子 川 紅葉 “養老の滝の…”
明治三十四年(一九〇一)
平版(木版 石版転写 多色刷)
古島竹次郎 版

4-14 現在の岐阜県の養老の滝には、そのそばで親孝行の青年が山で酒の泉を発見し、その酒で老父が若返った、青年が出世したなどの伝説があります。酒屋が使う引札にふさわしい題材と言えるでしょう。添えられた句は「養老の 瀧のほまれも 孝の徳」。

4-15 円山 応挙 竹取物語 竹 梅 翁 赤子 日の出 明治中期 凸版(木版整版 多色摺)

4-15
円山 応挙 款
竹取物語 竹 梅 翁 赤子 日の出
明治中期
凸版(木版整版 多色摺)

4-15 竹取物語、つまり竹取の翁によって竹の中から発見されたかぐや姫を巡る話です。今まさしく翁が赤子のかぐや姫を発見し、おくるみに包んで山を駆け下りているところが描かれています。後にかぐや姫は翁に富と不死の薬を授けることになります。富貴と長寿を得る物語と見ることもできるでしょう。

4-16 五十嵐 豊岳 綾服呉服 糸繰 機織 "日本織物祖先…" 明治後期 凸版(木版整版 多色摺)

4-16
五十嵐 豊岳
綾服呉服 糸繰 機織 “日本織物祖先…”
明治後期
凸版(木版整版 多色摺)

4-16 添えられた文章は「日本織物祖先 呉服 綾服。糸繰ノ元祖 綾服、織物ノ元祖 呉服。呉服ハ應神天皇の御代、始めて機を織り今に伝わる。依て織物を呉服と云ふ」。織物にまつわる数ある伝説の内のひとつです。

「引札 新年を寿ぐ吉祥のちらし 3(第4展示室)」に続きます。

青木隆幸