シャレオの地下街が美術館に!

みなさまこんにちは!お知らせです。

広島市中心地の地下街・シャレオで、8月21日から11月中旬までの朝と夜、アートをお楽しみいただけます。広島県の美術館6館が連携して行う、「シャッターアート・ミュージアム~朝と夜、シャレオが美術館に~」という企画ですよ。

 

シャレオ地下街南通りのお店のシャッターを、泉美術館、ウッドワン美術館、奥田元宋・小由女美術館、広島市現代美術館、ひろしま美術館、そして当館のコレクションの画像が彩ります。お店が閉まっている間の夜8時から朝の10時まで見ることができます(店舗ごとにご覧いただける時間は少し変わる可能性があります)。

 

当館がご紹介するのは、竹内栖鳳の弟子で、女性像を得意とした三木翠山の《茗宴》(1936年)。こちらは、9月4日(土)からの展覧会「美人画ラプソディ・アンコール―妖しく・愛しく・美しく―」でも展示いたします。シャッターアートで興味を持っていただけたら、ぜひ展覧会にも足を運んでいただきたいと思っております!

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(近づく途中で興奮して思わず撮ってしまった写真)

 

私は21日の朝、現地に見に行ったのですが、遠目に見てもとても華やかです!当館の左隣はウッドワン美術館さんの岸田劉生《毛糸肩掛せる麗子像》(1920)、右隣はひろしま美術館さんのフィンセント・ファン・ゴッホ《ドービニーの庭》(1890)。他にも、近代から現代美術、日本を代表する作品からヨーロッパの印象派作品まで、ラインナップは実に様々です。広島県には数々の名画、彫刻作品があるのだなと感じることができる通りになっています!

 

お店が開いていない時間も、ここを歩く方々に少し楽しい気持ちになっていただけるといいなと思っております。よろしくおねがいします!

 

森下麻衣子

幸野楳嶺展 見どころ紹介

早いものでもう12月、幸野楳嶺展も終わりが見えてきました。
(※感染症対策のため、予定よりも早く休館に入る可能性もございます。
休館の情報はHPをご確認ください。)

直接足を運んでいただくのも難しくなりつつある昨今、ブログで展覧会を少しご紹介をできればと思います。

 

少し長いですが、動画でも見どころを紹介していますので、よかったらご覧くださいね。

「幸野楳嶺―京都近代画壇の開拓者―」展覧会紹介動画前半 – YouTube

 

「幸野楳嶺―京都近代画壇の開拓者―」展覧会紹介動画(後半) – YouTube

 

幸野楳嶺は幕末の京都に生まれ、主に明治期に活躍した画家です。竹内栖鳳や上村松園、菊池芳文など、多くの画家を育てたことでも知られています。

楳嶺は青年期に幕末の動乱を経験します。京都の町は蛤御門の変で焼け、楳嶺の生家も罹災。明治になると、天皇も京都から東京へと移り、さらに京都の町は火が消えたように活気がなくなったといいます。町の人々に絵を買う力はなく、楳嶺のような画家たちは苦しい時期を過ごすことになりました。

楳嶺は、京都府画学校(現在の京都市立芸術大学)を設立するために、京都の画家たちと共に奔走、ほかにも画派(絵画の流派)を超えた画家同士の交流をはかり、研鑽につとめるなど様々に活動をしますが、それは京都のそんな状況を打破するためということが大きかったと思われます。楳嶺が近代の京都画壇に果たした役割は大きく、今後ももっと注目されるべき画家と言えるでしょう。

今回の展示は楳嶺の社会的な役割はもちろん、楳嶺自身の作品についても作品を色々と展示していますので、展示の目玉&おすすめの作品をご紹介していきたいと思います。

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幸野楳嶺《馬猿図》1877年(明治10)

 

こちらの作品《馬猿図》、立派な屏風の作品です。不思議なもので、「古臭い作品だ」という人と、「斬新だ」という人と、感想が分かれます。

楳嶺の弟子、竹内栖鳳の作品などをよく知っている人からすると、古い時代の絵だな、と思われるかと思います。

栖鳳は日本画、つまり墨と顔料を用いて紙や絹に描く絵画に、に西洋の写実表現を取り込み、日本の伝統的な絵画に新たな息吹を吹き込んだ画家と言われています。若い時期には、様々な流派の描き方を一つの絵に用い、「鵺派(鵺は様々な動物のパーツをあわせもつ妖怪)」と揶揄されたこともありました。

楳嶺は、そんな栖鳳の鵺派的な表現について「この頃栖鳳は妙な絵を描きおって…」と言っていたと伝えられています。なので、つい、そうしたいくつもの流派表現を用いる挑戦的な絵画は、栖鳳が真っ先に始めたことなのだと思いがちです。しかし、この《馬猿図》などを見ると、手触りが感じられるような猿の緻密な筆による毛並みの表現がある一方で、強い筆の打ち込みを伴う馬の体躯の線が見られ、まったく異なる描き方が一つの作品に共存しており、そこには伝統だけにとらわれない精神があるようにも見えます。この展覧会を企画するまで、私は楳嶺という画家を、少なくとも描いている絵に関しては「栖鳳以前」の画家、京都の美術の「近代」が始まる前の画家だと思っていたのですが、今回、作品を見ていくうちに、時代を読み、新しいことをしようとしている画家だとすぐに考え直すことになりました。その「新しさ」が何なのか、今回はっきりと正体をつかめなかったのですが、ぜひ今後も考えていきたいところです。もし会場に足をお運びの際は、ぜひ皆様もじっくり作品を見ていただきたいと思います。

 

あとは、ご来館の皆様&当館のスタッフにとても好評な作品《煎茶筵帖》をご紹介します。

東本願寺で開催された煎茶会の記録と伝えられているこの作品は、その時の室内のしつらえを描いたもの。丁寧な線できっちりと道具類の数々を描いており、線を追っているとじっくりとその道具を愛玩しているような気持になります。実際に開いて展示できるのは1図なのが残念なのですが、どの頁も大変素敵なので、ここではご紹介いたします。

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幸野楳嶺《煎茶筵帖》1876年(明治9)

 

小さな画帖ですが、実際にあったことを記録するという面においての楳嶺の優れた能力、このような道具類を描く際に、描き方を的確に選ぶことができたという画家としての資質も見て取ることができるでしょう。優れた画家とはどういうものか、改めて考えたくなる一冊というと大げさですが、私にとっては激しい個性や奇抜さばかりが画家の特性やすぐれた点ではない、と思わされる作品です。

最後に、幸野楳嶺が持っていた絵の資料からお気に入りの画像を。

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《諸州異形禽獣図》

 

画塾で多くの弟子をもっていた楳嶺は、自分と弟子のために多くの絵を描くためのお手本を集めて、管理していました。これはその資料の中にあった絵で、展覧会でも展示しています。「これは何ですか?」と聞かれますが、「よくわからないです…」とお答えするよりほかはなく…。実際に作品を作る際にこれを使ったかはわかりませんが、色々な風景や、動物、鳥や花、人物の描き方のお手本に加えてこういう絵も集めていたところに、楳嶺のマジメさを感じる大好きな一枚です。

 

会期も残り少なくなりましたが、この展示で楳嶺の世界に触れていただければ幸いです。

 

森下麻衣子

 

 

 

 

展覧会紹介動画をアップしました

現在開催中の「幸野楳嶺―近代京都画壇の開拓者―」の展覧会紹介動画をYoutubeにアップしました。

今回、図録にもご寄稿いただいた研究者のお二人をお招きし、幸野楳嶺と今回展示している作品について詳しく解説いただきました。

前半

後半

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大変充実した内容になっおりますので、ぜひご覧ください。

森下麻衣子

幸野楳嶺―近代京都画壇の開拓者― 開幕いたしました

10月31日(土)より、海の見える杜美術館では「幸野楳嶺―近代京都画壇の開拓者―」展を開催しております。

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幸野楳嶺という画家をご存じでしょうか?近代京都画壇の巨匠・竹内栖鳳や菊池芳文を教え導いた師匠で、美人画の上村松園も短い間ではありますが、その教えを受けています。日本初の公立の絵画の学校、京都府画学校の設立に向けて、尽力したことでも知られています。栖鳳たちの活躍は、楳嶺という人なしにはなかった、かもしれません。

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幸野楳嶺《馬猿図》 1877年(明治10)

 

今回の企画では、第一章「はざまの時代の画家 幸野楳嶺」で、楳嶺が描いた花鳥・人物・風景の作品を、第二章「楳嶺を取り巻く人々」で楳嶺の師の中島来章や塩川文麟、盟友の久保田米僊、弟子の栖鳳、芳文ら画家たちの作品を、第三章では「教育者としての楳嶺」と題し、画塾で用いた資料、画学校に寄贈した名品《孟母断機図》、画家たちの手本として発行された画譜類などを展示しております。豊富な作品と資料で、画家・楳嶺の画業、生きた時代を多角的にご紹介する展覧会となっています。

 

会期中、このブログと当館のインスタグラムで会場の様子や作品をご紹介していく予定です。どうぞよろしくお願いいたします。

 

ところで、展覧会に来てくれたお客様が、第二章「楳嶺を取り巻く人々」で展示中の、鈴木松僊《月下蝙蝠図》をご覧になって「ハッピーハロウィンですね」とコメントをくださいました。

鈴木松年《月下蝙蝠図》

鈴木松僊《月下蝙蝠図》明治時代

こちら、実は初公開。松僊の父、鈴木松年が描く《旭日群雀図》と対になっている作品です。松年は楳嶺とライバルのような関係だったと伝えられる画家で、楳嶺を取り巻く人々の一人として紹介しております。

 

鈴木松年《月下蝙蝠図》 - コピー

鈴木松年《月下蝙蝠図》 - コピー (2)

蝙蝠は中国由来のおめでたい意味を持つモチーフですので(「蝠」の字の音が「福」と同じであるため)、中国や日本の絵画、工芸によくあらわれます。ハロウィンのために描かれた絵ではないのですが、雰囲気は確かにぴったりですね!はからずも10月31日のハロウィンに開幕したこの展覧会に、こんなにかわいらしい蝙蝠が出ていることを、その日のうちに気づいてアップできたらよかったです。…という、ちょっとした後悔でした。

 

展覧会は12月27日(日)までの開催です。美術館に併設されている遊歩道の木々も紅葉が始まり、散策するのにもいい季節です。ご興味を持っていただければ幸いです。

 

森下麻衣子

美術の森でバードウォッチング展 見どころ②

もういくつ寝ると展示替え、という状況ですが、もう少しだけ、現在の展示「美術の森でバードウォッチング」の魅力をご紹介したいと思います。

 

今回の展覧会は4章構成。第1章は、「鳥を愛でるまなざし―広重と古邨の花鳥版画の世界―」、第2章「物語の中の鳥」、第3章「吉祥―しあわせを運ぶ鳥たち―」、第4章「きれいな鳥、かわいい鳥」となっています。すべて当館所蔵の作品で構成されており、可能な限り鳥と鳥の美術の魅力を知っていただけるように工夫を凝らした構成と作品チョイスになっています。

 

その中で、ご来館の際に特にじっくり楽しんでいただきたいと思っているのが、第2章の展示「物語の中の鳥」です。平氏と源氏の興亡の物語《源平盛衰記絵本》や、十二支とタヌキやキツネなどの動物たちの合戦を描いた《十二類合戦絵巻》、よく知られる御伽草子(おとぎぞうし)「浦島太郎」の物語の中に表わされた鳥の姿をご覧いただく章です。

 

どんな作品があるか、少しご紹介しますね。

3巻

《源平盛衰記絵本》巻3 17世紀

 

こちらは、《源平盛衰記絵本》の中の1場面です。源氏と平氏の興亡の物語の中にも、鳥の姿が何度も見られます。

新大納言成親(なりちか)は、大将の位につくことを祈願して、高僧を八幡宮に籠らせ、大般若経をあげさせました。すると、読経の半分ほどのところで、ヤマバトが二羽、食い合いながら落ちてきました。ハトは八幡の第一の使者、それが落ちてきたことはただごとではない、不吉なことだと当時の人は考えました。果たして、大将になったのは、成親ではなく平清盛の息子たちである平重盛と平宗盛。成親の願いは叶わなかったのです。この後、さらに成親は、平氏打倒を企てたとして、捕らえられる運命をたどります。

3巻アップ

(食い合いながら落ちてきた鳥の部分拡大図。心なごむ鳥の画像でなくてすいません、他の章にはかわいい鳥がたくさんいます…!)

 

私などは鳥が落ちてきたことと、成親の願いが叶わなかったことが、関係があると思い至らないのですが、『源平盛衰記』の中では、このこととが先のできごとの予兆として、物語の中で語るべき大事な要素になっているんですね。

 

ところで、↓こちらは前期で展示していた場面です。

2巻

《源平盛衰記絵本》巻2 17世紀 (現在は展示していません)

 

こちらで落ちてきているのは、ホトトギスです。

二条天皇の在位中、ホトトギスが京に大量発生。さらに、二羽が食い合いながら内裏に落ちてきました。「野鳥室に入る、主人将(まさ)に去らんとす」という言葉があり、これを不吉と見た人々はホトトギスを捕らえて獄につないだのでした。これは前例のないことだったのです。

その後二条天皇が崩御、これはホトトギスが殿上に入った故だったのだ、と物語では語られています。

 

ホトトギスが落ちてきたり、ヤマバトが落ちてきたり。それを見て昔の人たちは「何か起きる!」と思ったんですね。空を飛ぶという、人間にはない鳥の特性に、昔の人々は天のお告げやメッセンジャーとしての役割を見たのでしょうか。

 

ちなみに、この展覧会は会期が長いので、作品保護上、ほとんどの作品を前後期で入れ替える必要があったのですが、この2場面は話の内容としては似ているため、勘違いしたほかの学芸スタッフに「森下さん、展示替えしなきゃって言ってたのに、ここ替えてないじゃん」と言われました。「違う!前期で落ちてきたのはホトトギス!今から展示するのはヤマバト!」と訂正しましたが、正直私もやや混乱はしていたように思います。

 

 

第2章では、この他にも、物語に出てくる鳥たちをたくさんご紹介していますよ。この章の作品は、私自身、展示を考えている時に「こんなところに鳥が…」「こんな活躍が…」と、新鮮な驚きがありました。その驚きを見た方とも是非共有したいなと思って展示しましたが、小さな絵が多いためどこに鳥がいるのか見つけにくいかもしれず(ある意味バードウォッチングらしい)ほかの章に比べると説明もやや長いので、楽しんでいただけるか不安だったのですが、「第2章が予想を超えて面白かった」という声もあり、ちょっと安心しました。来館の際には、是非ごゆっくりお楽しみください!

 

それでは、また次回の記事にて。

 

 

森下麻衣子

美術の森でバードウォッチング展 見どころ①

みなさんこんにちは、ご無沙汰いたしております。ご無沙汰するつもりもなかったのですが、意外にも時は過ぎ、季節はもう秋。食欲の秋、読書の秋などいろいろ言われる季節ですが、皆様にとってはどんな秋でしょうか。ちなみに私は「これ」と特に言えるようなことは何もなく、四季を通じ変わらない生活を送っています。

さて、8月3日に始まり現在開催中の「美術の森でバードウォッチング」ですが、早いものでもう残り3週間となりました。まだご覧になっていないかた、ぜひ足をお運びいただければと存じます。

今回は、「第4章 きれいな鳥、かわいい鳥」で展示中の、石崎光瑤《春晝》(はるひる)をご紹介します。

春晝右石崎光瑤《春晝》1914年(大正3) 第8回文展出品(右)

春晝左(左)

石崎光瑤(1884~1947)は、富山県の現在の南砺市に生まれました。はじめは東京の琳派の画家・山本光一に師事、やがて竹内栖鳳に師事しました。

光瑤は、日本画の世界では、花鳥の名手として知られます。それ以外にも、登山家としての顔もあり、民間人としては初めて剣岳の登頂に成功、またインドを旅行してヒマラヤ山脈にも登っています。

私が石崎光瑤を知った最初の作品は1918年(大正7)に描かれた《熱国妍春》(京都国立近代美術館蔵)で、これはインドからの帰国後に描いた作品なのですが、六曲一双の大きな画面全体に生い茂る草花、その中を飛ぶ日本画ではあまり見ない白い長い尾の異国の鳥、一言で言うとパワーがあって、「こんな画家がいたのか~」と驚いたのを覚えています。

さて当館の《春晝》は、インドを描いた作品のような派手さはないものの、さすが花鳥画の名手というような、見ごたえのある作品です。

描かれているのは、枝垂れ柳の木の下で思い思いに過ごしているマナヅルたち。

マナヅルは体長120~153センチとありますから、結構大きいですね。この作品に描かれているのはほぼ等身大と言えるでしょう。この屏風を展示したときに学芸が口々に「ツルって大きいな…」「結構迫力あるな…」とザワザワしたんですよね。

春の日のやわらかい光の中、マナヅルが寝ていたり、歩いていたり…いろいろな動きをしています。私個人としては右の画面、枝垂れ柳の下で目を閉じているマナヅルの、目の表情が好きです。

本作品のすばらしさは、そのさまざまな形態の鳥を写実的に破綻なくとらえて描き出していること、そしてそれを表現する線の美しさかなと私は思っています。太い、細いという変化(肥痩)のある線で、マナヅルの体のボリュームが現れているのです。だから「迫力あるな…」なんて感想が出てくるのかもしれませんね。

けれど、その一方で色彩などは控えめで落ち着いており、のどかな春の日を感じさせます。今回よくよく見てみますと、柳の花の部分にだけ、絵の具の盛り上げがありました。柳の葉に埋もれてしまいそうな小さな花ですが、よく見てみると、しっかり主張してきます。

私は動物の中でも鳥が特に好きなのですが、今回は鳥をテーマにした展示ということで、そんな鳥好きの目から見ても「これは鳥の魅力が溢れているね!」という作品を展示しましたが(もちろんそれだけではないですよ)、この屏風は特にそれを感じる作品です。ツルやサギなどの大きめの鳥は、背中や首のラインが美しいのですが、それが画家の筆により、さらに引き立っている、と思います。

 

さて、では長くなってきたので今回はこのあたりで失礼いたします。

次は意外なほど好評をいただいている第2章の「物語の中の鳥」の作品をご紹介したいです。

森下麻衣子

西山翠嶂展のみどころその2

長い長いと思っていた(実際に長いのですが)西山翠嶂展も、そろそろ終わりが見えてまいりました。しかし2018年が終わることのほうを先に話題として挙げるべきですね(この原稿を書いているのは12月28日です)。2018年は当館にとってはリニューアルオープンという一大イベントがあった年でした。それなりに密度が濃い1年で長く感じたからでしょうか、うっかり「リニューアルしたのは去年じゃなかったっけ?」と思いそうになります。

 

リニューアル以来、「香水瓶の至宝展」「西南戦争浮世絵展」「西山翠嶂展」と3つの展覧会を開催してまいりましたが、3年間の休館を体験した私から申しますと、展覧会を開催して作品を見ていただける、感想をいただけるというのは非常にありがたいことです。

 

特に西山翠嶂の下絵は、当館の蔵に長らく眠っていたものですが、ずっと皆様に見ていただきたいと思っていたコレクションでしたので、このたびの展覧会で「おもしろい!」「西山翠嶂ってやっぱりすごい!」「こんな画家がいたなんて」などなどの感想をいただけていることを、本当にうれしく思っております。

 

さて。

展覧会のみどころとして紹介するのはちょっと違うかもしれませんが、やっぱりご紹介しておきたいのが図録です。

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表紙の画像は広島県尾道市、生口島にある耕三寺博物館様がご所蔵の西山翠嶂作品《乍晴乍陰》(1929年(昭和4))です。滋賀県の瀬田にある唐橋という橋を俯瞰して描いた作品で、晴れから雨への気候の変化、橋の上を行き交う人々の様子をこまやかに描き出しており、何度見ても見飽きることのない名品です。おかげさまで本当に素晴らしい表紙になりました。

どなたかにこの図録をお見せするときは、だいたいまず表紙を自慢しますね。たまに事務所でも他の学芸から「いい表紙だね~」と言ってもらってご満悦です。今も手にとってしみじみと眺めています。

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…表紙の素晴らしさばかりを力説してしまいましたが、開いても図版がたくさん載った充実の内容となっております。展覧会に出した作品はもちろんのこと、当館が所蔵する翠嶂の下絵や模写をすべて載せました。また、現存している作品も可能な限り掲載いたしました。翠嶂はこんなに素晴らしい作品をこんなに描いたのか、と驚いていただけるのではないかと思っております。さらに、作品の落款・印章(画家のはんことサインですね)も載せています。

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西山翠嶂《馬》(1939年(昭和14)、京都市美術館蔵)と、韓幹《照夜白》(メトロポリタン美術館蔵)や李公麟の《五馬図巻》との関連について述べた論文も掲載しています(私の論文ではありませんが)。

 

会場でもテラスでもお読みいただけるのでよかったらぜひお手にとってご覧くださいませ。

 

今年の夏の記憶があまりないな~と思っていたのですが、この図録を作っていたからなんですね。いや~、充実したいい年でした。

今年も大変お世話になりました。当館に来て下さった皆様、ブログを見てくださっている皆様、どうぞよいお年をお迎えください!

 

森下麻衣子

ミヤジマックスさん、海杜に登場

先日、広島・宮島を中心に活躍されているヒーロー、ミヤジマックスさんが当館に撮影に来られました。

ミヤジマックスさんは2013年5月1日、当館の杜の遊歩道で覚醒されて以来、当館にも何度か来てくださいます。

今回のご来館は新衣装の撮影のため。公式のお披露目はまだなので、ここではご紹介できませんが、近日アップされるそうなので、ミヤジマックスファンの皆様は楽しみにしていてくださいね。それにしてもさすがといいますか、当館の監視ボランティアさん達も突然のヒーロー登場に大興奮でした。

 

ミヤジマックスさんは、この土日はフジグランナタリー・ファミリーライブにも出られるそうですので、会いたい方はぜひ足をお運びください。

 

暑い日が続いて、出かけるのにも日よけや水分補給などの注意が必要ではありますが、廿日市にはさまざまな楽しみがいっぱいありますので、元気に遊んで過ごせたらいいですね。

もちろん、廿日市の美術館・ギャラリー(当館のほか、アートギャラリーミヤウチさん、ウッドワン美術館さん、はつかいち美術ギャラリーさん)も楽しい展示と涼しい展示室をご用意してお待ちしていますよー!

杉野希妃さんがご来館くださいました☆

先日、映画監督・プロデューサー・女優の杉野希妃さんがご来館くださいました。

杉野さんは広島のご出身。女優としてキャリアをスタートされましたが、活動の幅を広げ、現在では映画のプロデュース、監督も手がけています。国境を超え、アジアを中心に世界各国の映画祭に参加、受賞も重ねているすごい人なのです。
そんな彼女が現在の展示「香水瓶の至宝~祈りとメッセージ~」展を見に来てくださいました。というのも、実は私・森下と彼女は中学・高校の6年間を共に過ごした同級生。高校を卒業してから初めての再会を果たしたのでした・・・!

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うみもりテラスで。香水瓶展の図録を持って写ってもらいました☆

 

高校卒業以来、彼女の姿を見るのは映画のスクリーンかテレビの画面か、という感じだったので、実際に会うまですごく緊張していたのですが、高校の頃とまったく変わっていなくて本当にうれしかったです。会場の香水瓶を見ながら、初めて触れるものや考え方にとてもまっすぐに好奇心を向けてくれる姿に、杉野さんの活動や作る映画のテーマの幅の広さの所以を見た気がしました。
一番最近の映画『雪女』(監督・主演:杉野希妃、2017年、和エンタテイメント)は映像美にも魅せられますが、よく知っている小泉八雲の「雪女」の物語が、異界からの越境者との交流、疎外されるマイノリティといったテーマを持って見るものに迫ってきます。彼女の映画には「一見平穏に見える日常や社会が、何かをきっかけに揺らいで、問題が見えてくる」という大変面白い物語が根底にあることが多く、カチカチな価値観にとらわれがちなこの社会に問いを投げかけてくれるのです。いや~映画って本当にいいものですね(どうしても言いたかった)。

私と彼女はまったく違う仕事をしておりますが、いろいろな時代と地域の美術に触れる中で、価値観、考え方というものはいつの世も移ろうということを私も常々感じます。いつかまたそんな話を彼女としたいものだと思ったのでした。

 

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杜の遊歩道の東屋にて。女優・杉野希妃さんの輝きをご覧くださいませ。ちなみに彼女のオーラとロケーションのおかげで、私も普段より50倍ぐらいいい顔しています。皆様も遊歩道ご散策の際にはぜひこちらでお写真などを撮ってみてください☆

森下麻衣子

ワークショップ「オリジナル指輪付き香水瓶を作ろう」を開催しました

早いもので、もうすぐ梅雨の時期ですね。インドア派の人間としては生活にそれほど影響はないのですが、季節の移り変わりをしみじみ感じております。遊歩道はそろそろアジサイがきれいですよ。

 

5月3日、当館では、今回の香水瓶展に関連してワークショップを行いました。 「オリジナル指輪付き香水瓶を作ろう!」というものです。 この企画、大変多くのお申し込みのお電話をいただき、企画した本人も驚きました。人数の関係で、おことわりをしなければならなかったことが本当に残念です。今度、作り方などをご説明する記事をアップいたしますので、自分でもやってみよう!という方がもしいらっしゃいましたら、そちらをご参考いただければと存じます。

 

今回の展覧会は、幅広い時代と地域における香りに関わる品々を展示しております。 個人的な意見ですが、香りとその瓶のあり方について、私が見るたびに新鮮な驚きを感じるのは、17世紀の《ポマンダー》、18、19世紀の《指輪付き香水瓶》です。両者とも、なんと身につけることのできた香りの器です。

ポマンダー(pomander)はリンゴを意味する「ポム(pomme)」と竜涎香とも呼ばれる香料の名「アンバーグリス(ambergris)」の2語がつながって生まれた言葉です。これは、香りの容器であると同時に、鎖につなげて腰から提げ、身を飾るためのアクセサリーでもありました。《指輪付き香水瓶》は、その名の通り指に指輪をはめ、舞踏会などの社交の場に持っていくことができました。当時の女性はコルセットで体を締め上げていたため、失神することが多く、気付け薬用に香りのついた酢などを持ち歩いていたのです。

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《指輪付き香水瓶》 スイス 1820年

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《指輪付き香水瓶》 スイス 1820年

 

現在、おしゃれな一部の方は香水のアトマイザーを持っておでかけされるでしょうが、それを見せるためのものとして持たれている方はあまりいないのではないでしょうか。香りという今の私たちにとって身近なものであっても、時代や場所、使っていた人の立場によってその使い方は異なりますね。過去の作品と出会う楽しさはこういうところにあるのではないかなと思いますが、いかがでしょう。

もう今、こんな香水瓶は売っていない・・・というより、19世紀にだって簡単に手に入るものではなかったのです。でも、ちょっと使ってみたい、手に入れてみたいとは思いますよね。今回展示している香水瓶、ほとんどが「実際に使われていたもの」であり、「誰かが持っていたもの」です。だから、「使ってみたい!」「ほしい!」という気持ちがわきおこるのも鑑賞していて自然なことです。

・・・というわけで、私がその気持ちに素直に従った結果、このようなワークショップ企画とあいなりました。皆さん、自分でオリジナル指輪付き香水瓶、作ったらいいんですよ!

楽しく創作していただきたいし、ちょっと作品のことも知っていただければうれしいな・・・ということで、展示室で少し私の解説―香水瓶に見られる時代ごとの好み、図像にこめられた意味―などを聞いていただいて、「だったら現在の私たちが作る最高の指輪付き香水瓶ってどんなものだろう?」というのを少し考えていただきながら作っていただきましたよ。

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このような土台に自分でデコレーションしていきます。 実際に香水が入れられます。

では参加してくださった皆さんの作品のお写真です!

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個性が出ますよね。自分だったらこういうデザイン思いつかないな、という作品がいくつもありました。 時間のご都合で帰られた方の作品は撮れませんでした・・・ごめんなさい。

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この方は18世紀の香水瓶からインスピレーションを得て作ってみたとのこと。 たしかにふんだんな植物モチーフやカメオ的なモチーフが18世紀的ですね。

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この方は「ベルサイユのバラ」をイメージしました!とのことでした。 たしかに池田先生のマリーアントワネットが着ているドレスを思い出します、私。

皆さん、ご自分が見てきたもの、好きなものの記憶を活かして素敵な作品を作ってくださいました。限られた時間と材料でのワークショップでしたが、皆さんとても生き生きと制作してくださって、大変うれしかったです。 瓶に香水を入れて、指にそっとはめてみてくださいね。

今後も皆さんと美術との関わりが少しでも豊かなものになるような企画を考えて生きたいと思います。精進していきますので、もしまたこのような機会がありましたらぜひ当館へ足をお運びいただければと思っております。 それではまた!

 

森下麻衣子