第15回 香水散歩 フランス・リヨン
コンフリュアンス美物館 前編

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こんにちは、特任学芸員のクリザンテームこと岡村嘉子です。

今回は、大好きな町の一つ、フランス第2の都市、リヨンから美術館情報をお届けします。

リヨンといえば、ある方は美食の町とおっしゃるでしょうし、またある方は映画の町とご主張なさるでしょう、はたまたある方は遺跡の町、あるいは絹織物の町、レジスタンスの町、丘の町……と様々な分野における町の魅力を、愛しみを込めて語る方々に行き当たるようなフランスの古都です。

ちなみに、食いしん坊の私はリヨンと聞くだけで、あるサンドイッチの味が真っ先に浮かびます。初めてリヨンを訪れた折のある夜、日中の疲労からレストランへ行けずに、小さな通りの何の変哲もないパン屋さんでたまたま購入したフォアグラのサンドイッチ。上質なフォアグラにベビーリーフ、ほんの少しの甘酸っぱいジャム、そして香ばしいパンが生み出す、あまりの美味に「さすが美食の町よ……」と独りごちたものでした。

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さてさて、食欲が満たされたら、次は知識欲! リヨンでは右を見ても左を見ても、好奇心が刺激される事物に溢れています。なにしろ、フランス五大河川のひとつのローヌ川に加えて、ソーヌ川という二つの川が交わるこの地は、古代ガリア=ローマ時代から今日まで、交通の要衝として異文化が交わり栄えてきました。そのため、各時代の遺物がそこかしこに見出されるのです。しかもそれらが単なる観光名所になるわけではなく、現在の人々の暮らしの中に生き続けている――これが、リヨンの最大の魅力かもしれません。

先人や異文化を尊ぶ心の表れでしょうか、町の人々も概して穏やかで、リヨンに来るとなぜかホッとしてしまうのです。

そのようなリヨンの特長を存分に感じられる場所として、2014年にリヨンの新開発地区コンフリュアンス地区に開館した、コンフリュアンス美術館を今回はご紹介いたします。

「コンフリュアンス」という日本では全く馴染みのないこの言葉が、実は美術館のことも、リヨンのことも言い得て妙なのです。この語は、「合流」や「結集」等の意味を持つフランス語です。リヨンの地図を見ると、美術館は、二本の川に挟まれた中洲地帯の南端にある川の合流地点に位置しているのがわかります。まさにコンフリュアンス!

こちらです!→IMG_5980[11835]

ローヌ川、ソーヌ川という二つの文化圏が交わる立地そのものが、他者の存在があってこそ成り立つ出合いや交流、それにより生ずる新たな知見という美術館のコンセプトである「コンフリュアンス」を象徴しているのですね!

では、一体どのような作品が「合流」しているのでしょうか。早速見てまいりましょう。

この美術館を訪れて、おそらく誰しも最初に驚くのが、大変斬新な建築です。訪問時はあいにくの篠突く雨であったため、その全体像を示す外観写真がなくて恐れ入りますが、このエントランスの写真から、その姿をなんとなくお察し頂けたら幸いです。

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この建築を手がけたのは、そのデザインのユニークさで新作を発表する度に話題となるオーストリアの建築家集団、コープ・ヒンメルブラウ(数年前、東京のICCインターコミュニケーション・センターでの展覧会も評判を呼びましたね)です。この美術館も、SF映画に出てくるような、とでも申しましょうか、壁がどのようにつながっているのか、そもそも重力が一体どうなっているのか、私の理解力ではひたすら摩訶不思議な脱構築主義の空間が広がっているのですが、ガラスの壁に覆われた館内は、空中を散策しているかのようでつい胸が躍ってしまいました。

また現代建築で名を馳せる世界の数多の文化施設に比べて、動線が非常にコンパクトであることも嬉しい驚きでした。施設内で、無用に歩かずに済むのは、作品鑑賞の集中に重要なのですよね(そもそも建物ではなく展示作品を見に来ていますので!)。フランスの地方都市において、もっとも来館者が多い美術館のひとつというのも頷けます。

さて、コンフリュアンス美術館のコレクション内容は、自然科学や文化人類学に関するものです。つまり、そこには恐竜の骨もあれば織機や炊飯器も含まれるという、人間や地球に関するあらゆる物です。はてさてそれらをどのようにまとめて見せているのでしょうか?――数あるこの分野の美術館の中でも、コンフリュアンスが特別なのは、そのユニークな展示方法にあります。IMG_4396

《自動織機》1907年、Atelier Diederichs製。私は、機械もさることながら、布地の柄や光沢に、つい目が釘付けでした♡。

《自動織機》1907年、Atelier Diederichs製。私は、機械もさることながら、布地の柄や光沢に、つい目が釘付けでした♡。

各展示室では、時代や地域ごとの整然とした分類はなされずに、おおまかともいえるような4つの大きなテーマに沿う作品が集められています。この「おおまかな」とは、決して大雑把という意味ではありません。むしろ、「壮大な」と形容した方がよろしいかもしれません。なにぶんにも広範囲の大きなテーマなればこそ、該当作品は無数となりますが、その中からテーマを際立たせる最適な作品を選んで展示を構成するのは、まさに学芸員(もしくは監修者)の腕の見せどころです。またそのためには、圧倒的な所蔵作品数なくして実現はいたしません。それらが見事に成功しているのが、この美術館なのです。

「起源」展示室

「起源」展示室

公式資料によると、美術館の所蔵作品数はなんと約220万点――その膨大さは、ルーヴル美術館では約38万点と聞けばお分かり頂けることでしょう。この約220万点とは、17世紀から21世紀までの約500年という長い時間をかけて、主にこの地で蒐集されてきたものの集大成なのです。そのうち厳選された約3000点が「起源」「(生物の)種」「社会」「永遠」という4つのテーマに分けられて、常時展示されています。

(続く)

後編では、各展示室の様子や、この美術館所蔵作品の一端を担うエミール・ギメのコレクションについて、さらに美術館訪問の夜に遭遇した「コンフリュアンス」な時空間についてお伝えします。乞うご期待!

岡村嘉子(クリザンテーム)

 

◇ 今月の香水瓶 ◇

クリスタルの輝きが美しい未来的なデザインの香水瓶。コンフリュアンス美術館の脱建築主義建築を彷彿とさせます!

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香水瓶《火打石》、サンルイ社、デザイン:セルジュ・マンソー1994年、海の見える杜美術館所蔵

 

中国版画研究会 中国版画国際シンポジウム

海の見える杜美術館で開催している中国版画研究会と中国版画国際シンポジウムについて、1月31日5時30分ごろ、NHKのニュース番組「シブ5時」で放映されました。

放送内容は以下のリンク先で見ることができます。

当館所蔵の中国版画についても紹介していただきました。

是非ご覧ください。

 

うみひこ

「厳島に遊ぶ」展 会期最後の週末です!

2019年もあと数日ですね。そして「厳島に遊ぶ」展もあと2日を残すのみとなりました。

 

展覧会の第2章では、印刷物に描かれた厳島を紹介しています。江戸時代は庶民が旅を楽しめるようになった時代。旅行ブームの中で全国各地の名所を紹介する名所記や図会が刊行されます。これらはいわば現代のガイドブックです。

厳島に特化した名所図会の決定版と言えるのが、『芸州厳島図会』(5巻全10冊)。15年もの年月をかけて天保13(1842)年に完成しました。豊富かつ多様な挿絵が魅力で、往時の厳島の様子を現代の我々に生き生きと伝えてくれます。

大鳥居の図

岡田清編、山野峻峯斎画 『芸州厳島図会』より、大鳥居の図

内容も多岐にわたり、嚴島神社をはじめとする名所の紹介にとどまらず、島に暮らす人々の様子や、四季折々の行事、嚴島神社に伝来する宝物などについて詳細な図とともに記されています。

さて、ここではこの『厳島図会』のひとつの図と、歌川広重の浮世絵の関わりをご紹介します。

歌川広重 《六十余州名所図会 芸州 厳島祭礼之図》

上にあげた作品は、歌川広重の六十余州名所図会のうち、「安芸 厳島祭礼之図」。嚴島神社の重要な祭礼のひとつ、管絃祭のクライマックス—夜半に船が地御前より還幸し、まさに大鳥居にさしかかろうとする華やかな場面—を描いたものです。厳島の管絃祭はよく知られていたようで、全国の地誌などに挿絵つきで取り上げられています。

さて、広重は旅をよくした浮世絵師として知られます。ですのでこの一枚も広重が実際に宮島に来て管絃祭を見物した風景を描いたものと思いたいのですが、残念ながら必ずしもそうではなさそうです。この広重の一枚と、『芸州厳島図会』の一図を比べてみると・・・。広重の管絃祭の船の姿は、『厳島図会』のそれをほぼコピーしたものであることがわかります。展覧会会場ではこのふたつを並べて展示してあります。ぜひ比べてみてください。

管絃祭の船が還幸する様子

管絃祭の船が還幸する様子

それにしてもさすがは広重。『厳島図会』のオリジナルの船と大鳥居を大胆にトリミングして、夜の空と海を背景に際立たせた構図が見事です。

 

前回のブログでご紹介したような屏風の大画面の迫力と、今回ご紹介した、小さいけれどたくさんの情報と当時の人々の厳島への想いが詰まった版本たち。いずれも魅力的です。どうぞお見逃しなく!

 

谷川ゆき

「厳島に遊ぶ」展(〜12月29日)のみどころ 名所風俗図屏風

あっという間に会期を残すところ1週間ほどとなってしまいました。

今回の展覧会の見所は、なんといっても大画面に厳島を描いた屏風です。全部で9点。そのうち江戸時代に描かれた厳島の名所風俗図屏風6点が展覧会最初の見所になっています。

古くから信仰を集めた厳島ですが、意外なことに国宝の《一遍聖絵》など一部の例をのぞき、厳島や嚴島神社を描いた中世に遡る作例はそう多くありません。盛んに描かれるようになったのは江戸時代初期のこと。しかし、ひとたび描かれるようになると、厳島は名所風俗図屏風として人気の画題となります。

名所風俗図屏風とは、京都以外の、吉野や天橋立、和歌浦などの地方名所を組合せ、有名な寺社などを中心とした名所の景観と、そこに遊ぶ人々の様子を描いた絵画のことで、江戸時代初期に流行しました。名所風俗図屏風の中でも厳島を描いた作例は群を抜いて多く、現在では60点以上が知られています。

その中でも最も古い時期に制作されたもののひとつ、と考えられるのが、展覧会の最初に展示してある《吉野厳島図屏風》です。

《吉野厳島図屏風》 6曲1双 のうち、左隻の厳島図 江戸時代・17世紀 海の見える杜美術館

《吉野厳島図屏風》 6曲1双 のうち、左隻の厳島図 江戸時代・17世紀 海の見える杜美術館

この吉野と厳島の組合せからは、厳島が屏風に描かれる様になったきっかけは豊臣秀吉の周辺にあったことが推理できるのですが、そのあたりの詳しい説明はぜひ展示会場の解説パネルで!

大きな画面に、嚴島神社の社殿を中心に描かれた厳島はたいへん迫力があります。金雲と濃彩の絵の具の色があいまって、華やかで非日常的な聖地の様子が表されています。弥山や嚴島神社がどのように描かれているか観察したり、今は失われてしまったお堂の姿を探したり、楽しみ方は色々です。宮島をよくご存知の方は、描かれた場所が現在のどの場所に相当するのか考えるのも楽しいはずです。私がお勧めしたいのは、厳島を往来する人々の楽しそうな様子をひとりひとり観察すること。特に《吉野厳島図屏風》は、近世初期風俗画のある種享楽的な雰囲気を残し、人々の華やかな衣や髪形、喧嘩したり宴に興じたりする活力ある描写に見応えがあります。

《吉野厳島図屏風》部分 嚴島神社の舞台では毛氈をひいて宴会をする寛いだ男達の姿が。社殿の横では海水浴に興じる人々も・・・。

《吉野厳島図屏風》部分 嚴島神社の舞台では毛氈をひいて宴会をする寛いだ男達の姿が。社殿の横では海水浴に興じる人々も・・・。

ぜひ細部までじっくりご覧頂きたい!ということで、受付で単眼鏡の貸出を行っています。ぜひご活用ください。

また、展示室には部分を拡大したパネルをご用意しました。リンク先にあげたのはその一枚。《吉野厳島図屏風》の厳島図のうち、東町の商店の賑わいを描いた部分を拡大しました。床屋や足袋屋、扇屋や反物屋など、店主とお客との活気あふれるやりとりが魅力的に描かれています。

海杜テラスから見る宮島は今日も見事な姿です。展覧会の前後に宮島を訪れて、江戸と現代の違いを探って頂くのも楽しいと思います。

 

谷川ゆき

 

第13回 香水散歩 パリ16区
国立ギメ東洋美術館

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こんにちは、特任学芸員のクリザンテームです。

この秋の初めにパリで行われた、いくつかの興味深い展覧会のなかから、今回は世界屈指の東洋美術館として知られるパリの国立ギメ東洋美術館での東海道展を取り上げたいと思います。

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パリにいながら、わざわざ日本関連の展覧会? と訝られる方もあることでしょう。しかし、明治初期に廃仏毀釈が行われた日本では、明治維新以前の日本の名品が海外に残されていることが少なくありません。例えば、ギメ美術館には奈良・法隆寺の金堂にあった勢至菩薩像が所蔵されていますが、その日本コレクションの基礎となったのも、明治9年に宗教調査のために来日した実業家エミール・ギメが、日本滞在中に購入し、フランスに持ち帰ったものでした。

そのギメ美術館で、今年没後100年を迎えたフランスの医師・作家・中国学者のヴィクトル・セガレンが旧蔵した東海道に関する錦絵の画帳が公開されると聞き、早速足を運びました。なんでもその画帳がこのほどギメ美術館所蔵となったので、そのお披露目展とのことです。

20世紀初頭、セガレンは10年余り中国に滞在し、医療活動とともに、現地に取材した文学作品を執筆しました。したがって、中国に精通した人物として知られていますが、日本文化を愛する側面はほとんど知られていなかったため、日本関連の旧蔵品がいかなるものかと興味が湧きました。

では早速、企画展示室へと向かいましょう。

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こちらは新古典主義様式で建てられた美術館の端正な円形エントランスホール。列柱の間にある企画展の幟(最近はバナーと呼ぶらしいですね!)に展覧会への期待が高まります!

展示室に入ると、目に飛び込んでくるのは、東海道を中心とした大きな地図。IMG_2676

傍らの解説文には、江戸時代において東海道が、幕府のおかれた江戸と天皇のすまいである京都を結ぶ海沿いの街道であったことや、全部で5つある街道のなかでも最も重要な大動脈であったことなどが、わかりやすく紹介されています。皆、ご熱心に読んでいらっしゃいますね。

展示作品は、セガレン旧蔵品のほかに、歌川広重の代表作《東海道五十三次》や↓IMG_2707ブログ

 

江戸後期から明治にかけて活躍した絵師、歌川貞秀の4巻からなる鳥瞰図による東海道五十三次も出品されています↓。

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さてさて、東海道のいわば“スタンダード”をしっかり押さえたところで、ではお目当ての新所蔵品であるセガレン旧蔵の東海道に関する作品を見てまいりましょう。

展示室の大きな壁に沿うように広げられた、全166枚の錦絵による東海道五十三次の情景。目を凝らしてみると、なんとそれは通称《御上洛東海道》として知られる《東海道名所風景》ではないですか! それはつまり幕末の1863年2月、開国の意を天皇に言上するために、十四代将軍徳川家茂が行列を引き連れて上洛する様子を錦絵で描いた作品です。東海道五十三次のほとんどすべての風景の中に、将軍の行列が描き込まれているのはそのためです。

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ちなみに将軍が上洛するのは、三代将軍徳川家光以来229年ぶりのことであり、これは歴史的な出来事であったのです。そこで多数の絵師たちが協力して、その様子をあたかもルポルタージュのように描き出しました。

もちろん、名所絵としての面白味もふんだんにあります。ですから順を追っていくと、各地の様子に、すっかり旅心が刺激されてしまうのです。

なんといっても、将軍一行の行く先々での活気がなんとも魅力的! 歴史を左右する大事な使命を持った旅が中心主題であるにもかかわらず、描かれている人物たち――やんごとなき人々も、また市井の人々も皆――の表情が概しておおらかで楽し気なのです。

『東海道 浪花享保山』《東海道名所風景》1863年、国立ギメ東洋美術館蔵

『東海道 浪花享保山』《東海道名所風景》1863年、国立ギメ東洋美術館蔵

さらに、歌川広重、歌川国定、月岡芳年、河鍋暁斎等、名だたる15名もの絵師が手分けして名所を担当しているので、一枚ごとに対象のとらえ方や表現方法が異なり、その多様性が見る者を飽きさせません。

セガレンも日本の海沿いの旅路を空想しながら、ひとつの物語を編むかのように錦絵を見ていたのかもしれませんね。この画帳を彼がいつどこで入手したのか正確には判明していません。しかしジャポニスムがヨーロッパを席巻した時代の貴重な証左のひとつであるといえるでしょう。

さて、ギメ美術館を訪れたら常設展示室も見逃すわけにはいきません。ガンダーラ美術、シルクロード美術、中国美術、韓国美術、インド美術等、様々な東洋美術を満喫することができます。なかでも今回、クリザンテームが真っ先に向かったのは、日本美術コレクション室です。

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というのも、そこには江戸後期の香道のお道具が展示されていたからです。

作者不詳《源氏香之図》江戸後期(1603-1868)国立ギメ東洋美術館蔵

作者不詳《源氏香之図》江戸後期(1603-1868)国立ギメ東洋美術館蔵

香道には、天然香木の香りを聞いて〔動詞は嗅ぐの代わりに聞くを使います〕鑑賞する聞香と、その香りが何かを当てる遊びの組香がありますが、展示作品《源氏香之図》は組香の種類の一つである源氏香において、香元が焚いた香りを客が答える際に参照する、いわば香りの名称早見表です。源氏香で用いられる香りには、源氏物語を構成する52の巻名〔桐壺と夢浮橋の2巻は除かれています〕が付されているので、香りの名称として巻名を紙にしたためるのです。

心を静めて繊細な香りを感じ取り、その名称を当てる雅な遊び……考えてみれば前回ご紹介したパリ香水大博物館の香り当てっこゲーム椅子も、発想は同じことですね!

覚えていらっしゃいますか? こちらです↓

香水

時代が異なるとはいえ、同じ発想の遊びにおける日本とフランスの文化の違いをひしひしと感じさせますね。

 

この《源氏香之図》がギメ美術館のコレクションに加えられたのは、今から100年以上も前のことです。日本から遠く離れた地で、日本の香りの文化にまなざしを向けていた存在があったかと思うと、ことさら嬉しくなるのは私だけでしょうか。

 

クリザンテーム(岡村嘉子)

 

◇ 今月の香水瓶 ◇

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ゲラン社、香水瓶《トルチュ》1904年、透明クリスタル、海の見える杜美術館蔵

国立ギメ東洋美術館に《源氏香之図》が所蔵された頃にフランスでつくられた香水瓶。《トルチュ》とは、フランス語の亀の意味。亀の形をしていることに気づくと、妙に可愛らしく見えてくるから不思議です!

このなかには、今日もなおファンの多い香水「シャンゼリゼ」がおさめられています。クリザンテームの世代にとってこの香水は、香水のイメージキャラクターをつとめたソフィー・マルソーと結びついています。懐かしい!

「厳島に遊ぶ—描かれた魅惑の聖地—」展はじまりました!

「厳島に遊ぶ」展がいよいよ11月23日から始まりました。今回の展覧会は、

第1章 海上の理想郷—名所風俗図屏風に描かれた厳島

第2章 厳島に行こう—旅とメディア

第3章 厳島を記憶する—真景図にこめられた意図

の三部構成で、屏風、浮世絵、版本、掛け軸など、江戸時代に描かれた多様な厳島の姿をご覧いただきます。

 

1階には、作品番号6《厳島図屏風》の厳島神社社殿を大きく拡大して壁面に。屏風の中で厳島神社を参拝する人々は本当に楽しそうで朗らかです。記念撮影もぜひ!IMG_1953

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展覧会会場で描かれた厳島を見た後は、海杜テラスから今の厳島の姿を眺めてみてください。写真は23日夕方の海杜テラスから見た厳島です。秋の青く晴れた空に映える美しい姿をスマホで撮影できました。

会期は12月29日までと1ヶ月ちょっとです。ぜひお早めに!

 

また、11月30日(土)には、県立広島大学 宮島学センターの大知徳子先生を講師に、「絵図から見る江戸時代の厳島参詣」と題して公開レクチャーが行われます。まだ少しお席に余裕があります。どうぞお問い合わせください。

【イベント情報】

■公開レクチャー「絵図から見る江戸時代の厳島参詣」*要事前申し込み

[講 師] 大知徳子氏(県立広島大学 地域基盤研究機構 地域基盤研究センター 宮島学センター 特命講師)

[日 時] 11月30日(土)13:30〜15:00

[会 場] 海の見える杜美術館

[定 員] 30名(先着順、要事前申込)

[参加費] 無料(ただし、入館料が必要です)

[申し込み方法] お電話かメールでお申し込みください。その際、参加者のお名前とお電話番号をお知らせください。なお、定員に達し次第締め切りとさせていただきます。

Tel:0829-56-3221 メールアドレス: info@umam.jp (件名に「厳島に遊ぶ展レクチャー参加希望」とご記入ください)

 

谷川ゆき

 

第12回 香水散歩 パリ8区
香水大博物館

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こんにちは、特任学芸員のクリザンテームです。

国内外の美術情報に常日ごろ触れていると、パリにおける美術館・博物館の開館のニュースが、他の都市に比べて数多く入ってくるのに気づきます(実際、パリの美術館・博物館の数は、近郊も含めて約140館あるといわれています!)。それと同時に、悲しいことですが、閉館のニュースを時折耳にするのも事実です。

その中に、いつかこのブログで取り上げようと思っていた香水に関する美術館がありました。2年の準備期間を経て華々しいオープン後、わずか1年半でその歴史に幕をおろした幻の美術館です。この短い期間に、一体どれほどの方々がこの美術館を実際に訪れたのでしょうか。この美術館が時と共に忘れ去られていくのは、あまりにも惜しく存じますので、今回はそのパリ香水大博物館についてご紹介します。

フランス大統領府、エリゼ宮にほど近いパリ8区の中心に位置するエレガントな地域。高級ホテルとして知られるル・ブリストルの向かいに、邸宅を改装したパリ香水大博物館がありました。邸宅であった頃の名残の演出でしょうか、美術館入り口へのアプローチには、その前庭に赤いじゅうたんが敷かれ、訪問者を館内へと招き入れてくれます。

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18世紀に建造されたこの美しい建物は、これまでに名だたる実業家や画家たちの住まいとなってきた歴史を持ち、1980年代末からは国営航空会社エール・フランスの制服も手がけた国を代表するデザイナー、クリスチャン・ラクロワの本店として親しまれた場所です。その建物の中に、香りの歴史や香りそのものを知る上で欠かせない数々の展示が詰まっていたのです。

モダンでシックな内装に設えられた入口を抜け、展示室のある地下一階へと歩を進めます。

展示室は、照明を抑えた一室から始まります。これより古代エジプトから現代までの香りの歴史が展示室ごとに時系列で展開していくのですが、目を見張るのは、映像をはじめとする最新技術が効果的に使われている点です。

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その展示室の様子を、画像でおわかり頂けるでしょうか。大きな鏡に穿たれた数々の四角い穴の一つには映像が投影され、他の穴には、海の見える杜美術館でもお馴染みのアラバスター製の古代の香りの容器が配されています。つまり、鏡張りのキャビネットの内部におさめられた所蔵品とスクリーンが、一部ガラス張りになることで見える構造になっているのですが、デザインが凝っているため、説明が大変です!

なかでもひときわ目を引く、鏡の中央に置かれた白いボールは一体何でしょう?

なんとボールの中を覗き込むと、キャビネット内の映像や容器が説明する古代の香りが漂ってくるではありませんか! 例えば、こちらはエジプトにおいて聖なる儀式に使われたともいわれる香り、キフィです。

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キフィは、15種類以上もの香料を混ぜ合わせたもので、その製造には、香りを専門とする神官たちがたずさわったと考えられています。このボールの中で再現されていた香りは、シナモンのようなスパイシーな印象に、果実の甘みと温かみが加わった独特なものでした。

鏡の前に置かれたいくつものボールから発せられる香りを嗅ぐ中で、香りという目に見えないものを、いかに目に見えるようにして展示するかということに、この美術館が心を砕いていることが伝わってまいりました。もちろん、数は少ないながらも、時代ごとに質の高い香水瓶も展示されています。

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けれども、この美術館でとりわけメインとなるのは、香りそのものであり、それをおさめる香水瓶等の容器は、あくまでも香りの説明の一部であるかのようです。香水大博物館が、香水をテーマとする他の数々の美術館と一線を画すのは、まさにこの点なのです。

その点をさらに強く感ずる展示が、上階の展示室にありました。

こちらです!

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少し距離を置いて見ると、このように並んでいます! これは一体??

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展示室の天井から吊り下げられたモダンな金色の球たち。こちらもまた一見すると、何であるのかよくわかりません。なにしろここでは、作品解釈の手立てとなるようなキャプションが、ほんのわずかしかないのです。そこで展示室にいらした方に尋ねてみると、なんとこの球を手に取り、香りを嗅ぐことを教えてくれました。

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球のひとつひとつに、香水の原料となる様々な香りが収められていたのです。ベルガモット、ラヴェンダー、ベチュパー、ヴァニラ……と25種類もの香りを手にとって嗅ぎました。しかも驚いたことに、この球は話すのです! 音声が内蔵されていて、耳に当てると、個々の香りについて解説してくれるのです!!

美術館において展示物に手を触れることなど、思いもよらぬことでしたが(しかも来館者が他に見当たらないほど空いている場合には特に!)このあたりからクリザンテームは、こちらは美術館というよりも、体験型の科学博物館なのだと、次第に理解してまいりました。

一度そうとわかれば、好奇心がますます刺激されます!

ワクワクしながら、次なる球の展示に近づきました。

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こちらはローズを用いた香水を集めたものです。銀色の球のなかには、バラから抽出された香料と、それを用いた現代の香水が収められています。

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この美術館の運営に深く関わった、エルメス社の庭シリーズで知られる調香師、ジャン=クロード・エレナが調香したザ・ディファレント・カンパニー社の『ローズ・ポワヴレ』。ポワブレは胡椒をきかせたという意味のフランス語です。胡椒の香りのするバラ?? 斬新な組み合わせですね。

次の展示室で目にしたのは、パステルカラーの壁龕の並ぶ壁。IMG_4174
壁龕の中に入ると、香りが漂ってきます。

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こちらの椅子は、次の画像のように、二人で座って香り当てクイズをするためのゲーム椅子。

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椅子の中央にはモニターが埋め込まれており、操作すると反対側に香りが発散され、その香りを当てるというゲームです。IMG_4176

クリザンテームは、さきほど金色の球の説明をして下さった美術館の方と二人でゲームをしたのですが、ことごとく当ててしまい(何分にも、あまり難しくなかったのです)、やや盛り上がりに欠けることとなり、美術館の方を少しがっかりさせてしまったもよう……。ごめんなさい!

他にも館内には、調香を体験できるアトリエもあり、頻繁にワークショップが開催されていました。IMG_4153

またミュージアムショップの香水コーナーも圧巻の広さと充実度でした。様々な香水メーカーの香水が一堂に集められ、誰に気兼ねすることなく自由に嗅ぎ比べることができるのです。ブティックで販売員の方の丁寧な説明を伺いつつ、会話をするなかで香水を選ぶのも楽しみの一つですが、このように、たった一人で様々な香りを嗅ぎ比べていくのも、心が躍ります。香りほど、個人の趣向が反映されるものはないかもしれません。流行など全く関係なく、嗅いだ瞬間に抱く第一印象が、とても大きく影響するものなのです。そのようなこともあって、こちらでは、香りについての説明は一切ないままに、クリザンテームはとても気に入った香りを見つけることができました。

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以上のようにこの美術館は、フランスにおける香りの文化の豊かさを肌で感じられる場所であり、悠久なる歴史の遺産とともに、最先端の香りのモードをも知ることができる唯一無二の美術館でした。できることなら、もう一度見てまわりたかったとの思いが募ります。

もう訪れることは叶いませんが、このような画期的な美術館の取り組みがあったことを一人でも多くの方に知って頂けたら幸いです。

 

クリザンテーム (岡村嘉子)

 

 

菅井汲展も残り1日です。

海の見える杜美術館では、7月21日(日)まで「生誕100年記念 菅井汲 —あくなき挑戦者—」展を開催しています。

 本展覧会は、パリを拠点に活動した日本人画家・菅井汲の版画作品にスポットをあて、同館所蔵のコレクション約100点を展示するものです。

菅井汲については当館のホームページの展覧会紹介ページをご覧ください。
http://www.umam.jp/exhibition20190525.html

菅井汲展の以前の紹介記事については以下をご覧ください。
http://www.umam.jp/blog/?p=9422

 菅井汲は—渡仏初期の日本的主題を取り入れた繊細なタッチの作品、1960年代の明快な色彩で幾何学的な形を描いたダイナミックな抽象作品、1970年代のほぼ円と直線のみで構成される規格化されたモチーフを主体にした作品、晩年の「S」字シリーズ−と作風を幾度も変えたことで知られています。

 その中でも、私が個人的に好きなのは1970年代の作品です。

菅井汲 group3 UMAM 海の見える杜美術館
菅井汲《GROUP 3》1980年 シルクスクリーン
 菅井の作風は1960年頃からがらりと変わり、幾何学的なフォルムの色鮮やかな作品を手がけるようになります。さらに1970年代になると色の数が限定され色彩がより鮮やかになり、フォルムに制限が加えられた図形的なモチーフで構成された作品を展開していきます。彼はコンパスや定規を使って正確に線や円を引き、モチーフの制作を行っていました。また、彼はより鮮やかな色あいを出すために、それまで主流としていたリトグラフからシルクスクリーンへと制作の技法を変えるなど工夫も試みました。
この時期の作品は、一見単純にも思われますが、道路標識を彷彿とさせるようなモチーフと色彩の鮮やかさは強く印象に残ります。菅井はこの時期のインタビュー記事で「屋外において、50メートル先から見てもパッとわかる作品を考えている」と答えていますが、彼が目指していたまさしくこのような作品だったのでしょう。

菅井汲展も残り1日となりました。菅井汲作品の魅力は、実際に目で見ないとわからないと思います。ぜひお楽しみいただければと思います。

大内直輝

「幸若舞曲と絵画」展、展示替えをします

早いもので気がつけば4月。杜の遊歩道の桜も満開を迎えようとしています。

さて、展覧会「幸若舞曲と絵画」も会期半ば。8日の休館日に展示替えをいたします。

 

出品される作品は変わりませんが、絵本のページをめくり、絵巻を巻き替え、前半とは違う場面をお見せします。前半はこの土日が最期です。

 

今回の展覧会の見所のひとつである、海の見える杜美術館所蔵の《舞の本絵本》は、幸若舞曲の人気の演目三十六番を47冊の絵本のセットに仕立てた作品です。詞書(文字の部分)には華やかな装飾が施され、絵のページにも上下に金箔の霞が配され、高価な顔料が惜しむことなく使われていて、大変豪華な作り。一見して格の高い大名家など、限られた層の人々の持ち物であったと想像されます。実際に、各冊には「游焉館図書」の印が捺され、この本が游焉館、つまり府内藩の江戸末期の藩校の所蔵であったことが知られ、豊後松平家(大給家)の持ち物であったものが府内藩藩校に移管されたと想定されるのです。

 

海杜本《舞の本絵本》の他にも、アイルランドのチェスター・ビーティ・ライブラリィ等が所蔵する《舞の本絵巻》や、日本大学図書館が所蔵する《幸若舞曲集》(本展覧会で展示中です)など、同じ『舞の本』をもとにした絵巻のセットが作られていたことが知られています。

 

海杜本は(多少異同がありますが)三十六番が揃った希有な作例で、今回の展覧会では、その三十六番47冊を一挙公開しています。

 

とはいえ絵本ですので、すべてのページを一度にお目にかけることができずに残念なのです。三十六番、それぞれのお話の名場面を少しでも見て頂きたい!というわけで、今回は作品の保護もかねて、会期の半ばでページを替えて、違う場面をお見せします。

 

たとえば、兄頼朝に追われた源義経とその郎党の最期を語る「高館」。現在は、義経らが涙ながらに酌み交わす最期の酒宴の場面を展示しています。義経の酒宴そして後半は、大奮闘の後、立ったまま死を遂げる弁慶の立ち往生の場面を展示します。弁慶の立ち往生

 

義経や常盤御前、敦盛や曽我兄弟など、戦国武将に愛された英雄たちの名場面をどうぞお見逃しなく!

 

谷川ゆき

第7回 香水散歩 フランス
グラース国際香水博物館 後編

表紙

こんにちは、クリザンテームです。前回に引き続き、今回もグラース国際香水博物館での香水散歩が続きます。

順路に沿って展示室を巡る間、ひときわ感慨深く拝見した一連の展示品がありました。

おそらく作品保存上の理由でしょう。ほの暗い照明の下、ひっそりと展示されているのですが、引き出し式ケースにおさめられた皮手袋を見落とすわけにはいきません。というのも、それは、グラースが香水の町となった機縁を物語るからです。

手袋

かつてグラースは、高品質のなめし皮の産地として何世紀にもわたりその名を知られる存在でした。なめし皮には独特のあまり好ましくない匂いがつきものです。そこで考案されたのが、香り付きの皮革製品でした。

そもそも皮革製品に香りを付ける伝統は、アラブに由来し、スペイン経由でヨーロッパに伝えられたものです。香り付き皮革製品は、当然パリでも生産されていましたが、南仏に位置するグラースは花々の大規模栽培に成功したため、香りつきの皮革製品、とりわけ香り付き手袋でグラースが名を馳せるようになったのです。

展示室の片隅にさりげなく置かれた皮手袋に、この町の歴史が詰まっているのですね!

今日のグラースは、世界に名だたる調香師と香水を輩出し続けています。博物館には、そのようなお土地柄ならではの、香りそのものを楽しめる仕掛けが数多くあるので、童心に戻りワクワクしてしまいます!

例えば、こちらはボタンを押すと、その香りが噴射される機械。クリザンテームは、その日、鼻の調子があまりよろしくなかったのですが、博物館へ向かう道すがら、通りの薬局で求めた天然ハーブ鼻スプレーのおかげで、すっかり調子を取り戻し、様々な香りを楽しむことができました。

ネロリの甘やかな香りが漂ってきました!

ネロリの甘やかな香りが漂ってきました!

でも自然に囲まれたグラースにせっかくいるのですもの、天然の香りも味わいたいわ……という望みも、博物館は叶えてくれます。前編でお伝えした中庭の他にも、本格的なハーブガーデンを有する空中庭園を備えているのです。

そのハーブガーデンへと通じる廊下の壁には、天然香料が展示されています。

香料の先に、ハーブガーデンが垣間見えるとは、なんと洒落た演出!

香料

そしてこちらが、ハーブガーデン入り口です。

ガーデン入り口

ハーブガーデンは温室エリアと、屋外エリアに分かれています。そのいずれからも、周囲の歴史ある街並みが同時に楽しめます。

ガーデン屋外

ガーデン屋外

温室の壁には、香料となる植物の世界分布図が。勉強になります!

世界地図
各植物の説明も詳細で、これまた勉強になります!

例えば、こちらはタイム。香りの特徴はもちろんのこと、シャネル社「アンテウス」、ケンゾー社「ケンゾー プール オム」等、香料として使われた香水名まで記されています。
タイム

温室

芳香を味わいながら、香りの歴史や今日の使われ方を深く知ることができる博物館の訪問を終えて、グラースが私の中でさらに特別な町となりました。

 

クリザンテーム

 

HXVIII045_2

ケース付き《香水瓶》フランスまたはスイス、1785年頃、透明ガラス、金、七宝

、海の見える杜美術館所蔵