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引札-新年を寿ぐ吉祥のちらし-PartⅡ

【趣 旨】

引札とは、江戸時代の中頃から、明治、大正時代にかけて、宣伝のために商家がお得意様に配った刷り物です。多くは年末年始の挨拶として配布され、おめでたいモチーフや鮮やかな色彩の図に、商店の名前が入るのが特徴です。引札の中には、ほがらかで福々しい表情の恵比寿・大黒、華やかに装う女性、当時の流行の文物や目新しかったものが描かれており、当時の人々の目を惹いたことが想像されます。中にはすごろくになっていて遊べるものなど、楽しませる工夫がある引札もありました。この展覧会では、海の見える杜美術館が所蔵する約2200点の引札コレクションから厳選し、明治から大正にかけての引札を中心に展観します。2021年にご好評いただいた「引札―新年を寿ぐ吉祥のちらし―」展と内容を変えてのご紹介です。現在と似ているようで異なる宣伝の仕組みや、引札の画題に現れる当時の暮らし、流行、社会のありようをご覧ください。

チラシPDFダウンロードはこちら

【基本情報】

[会期]2022年11月3日(木・祝)〜2022年12月25日(日)
[開館時間]10:00〜17:00(入館は16:30まで)
[休館日]月曜日、11月11日(金)
[入館料]一般1,000円 高・大学生500円 中学生以下無料
*障がい者手帳などをお持ちの方は半額。介添えの方は1名無料。*20名以上の団体は各200円引き。
[タクシー来館特典]タクシーでご来館の方、タクシー1台につき1名入館無料
*当館ご入場の際に当日のタクシー領収書を受付にご提示ください。
[主催]海の見える杜美術館
[後援]広島県教育委員会、廿日市市教育委員会


【イベント情報】

当館学芸員によるギャラリトーク

日 時=11月3日(木・祝)、11月26日(土)、12月17日(土)各13:30〜(45分程度)
会 場=海の見える杜美術館 展示室
参加費=無料(ただし、入館料が必要です)
事前申し込み=不要


【章立て・主な出品作品】

第1章 引札隆盛前夜

明治時代の初めごろ、引札は、暦問屋つまり暦発行の許可を得た業者が中心となり作っていました。1883年(明治16)に略暦の発⾏が⾃由化されると、さまざまな出版元が引札制作に参⼊し、銅版画や⽯版画の機械印刷などの新しい技術の応⽤が競うように⾏われました。そして、機械印刷により大量⽣産の時代となったことで、引札が⽇本全国に広まります。ここでは、明治の二十年代までに制作された、素朴な雰囲気をまとった引札をご覧いただきます。

長谷川 竹葉《日の出 宝船》1881年(明治14)頃
寳斎《気球 宝船 日の出》1881年(明治14)頃

第2章 引札の隆盛と、引札をめぐるコミュニケーション

当館が所蔵する引札の中には商店名や企業の名前が入っていない、印刷所が商店主に見せる見本も多くあります。商店主は見本の中から気に入ったものを選び、自分の店の名を入れて刷ってもらい、年末年始の挨拶としてお得意様に配布しました。商品を直接売り込むのではなく、商店の名前の印象を強め、信頼を得るという広告です。

どのような商いでも使える、恵比寿や大黒、鶴亀などの一般的な吉祥モチーフも多くある一方で、商店が扱う品物に関連する絵、つまりお茶屋であれば茶摘み、酒屋であれば酒造の様子などの引札が、顧客の需要に合わせて作られました。また、自分の店の様子を描いて刷った、特定の商店専用の引札も残されています。

明治時代の中頃から末期にかけて引札が一世を風靡した背景には、当時、商店と人とのつながりが商売において重要だったことがあると思われます。

《桜 牡丹 菊 扇 文具 薬玉 屏風》明治時代中期
《船問屋 泉喜七郎 店舗風景》明治時代中期

第3章 拡大する吉祥イメージ

印刷所は、顧客、つまり配布する商店のあらゆる需要にこたえようと人々の目をひく絵を模索し、様々な引札を作りました。

そのような中で、印刷所や絵師は、伝統的なモチーフに飽き足らず、日本が近代化していく中で現れた様々な文化、つまり機関車や飛行機、電話、最新のファッションなどを積極的に引札に取り込みました。それらは奇抜さ、斬新さで人々を楽しませたのはもちろんのこと、それまでになかった新しい便利さや豊かさ、快適さを描いて見せる、新たな吉祥イメージの役割を果たしていたということもできるでしょう。

《電話 女性 恵比寿 薔薇》1907年(明治40)頃
《瓶酒 グラス 恵比寿 大黒》1907年(明治40)頃

第4章 戦争イメージと引札

引札が作られていた当時、日本は1894年(明治27)の日清戦争、1904年(明治37)の日露戦争と、二度の戦争を経験しました。引札には、それら戦争に関連するモチーフも登場します。戦艦、出征していく兵士、戦う兵士、相手の国に勝ち喜ぶ人々の姿です。

当時の人々にとっては、戦争とは、その勝利により日本が欧米列強の中で躍進し豊かになっていくイメージそのものであり、勇猛で強く、武功をあげる兵士の姿は、立身出世を示すモチーフだったのでしょう。こうした絵が民衆に広く流通していたことも、近代の一つの側面です。

《艦隊 日の出 色紙 “帝国軍艦”》1904年(明治37)頃
浅田 一舟《軍服の子供 母 大黒 瓢箪から騎馬の兵士》1905年(明治38)頃

第5章 引札の中の女性

引札には女性の姿が多く登場します。衣料品などの商品を店頭で選ぶ姿、流行の衣服で美しく着飾った姿、上流階級の女性の家庭内での上品なふるまいなどです。これらは衣料などを買うことで美しくなることを伝える、商店の宣伝に直結するイメージであり、豊かで円満な家庭を示す吉祥モチーフであったとも考えられます。

大正時代には、クロモ石板印刷による精巧で写実的な女性像の引札が制作されました。これら女性像と、商店の扱う商品に関連性はほとんどなく、女性像を鑑賞することに重きをおく、ポスターのようなものへと変貌しています。大正期以降、引札の隆盛は徐々にかげりを見せますが、当時すでに流通していた、デパートなどが打ち出した美人ポスターなどを模倣しながら、サバイバルしていったものと考えられます。

《煙草 女性 煙草の花 “金天狗 TEIKOKU…”》1902年(明治35)頃
《女性 バイオリン 楽譜 君が代》1907年(明治40)頃