ここからはそれら6作品を審査の部屋に運び込み、全員が意見を述べ合うかたちで審査を進めました。
そのうち大迫氏の《星─星命の誕生─》については、梅本氏、千足氏、高橋氏、山梨氏から、中心にねじれをもたせた造形的な面白さ、新しさが評価されましたが、一方で拡大したときに材料の荷重に耐えられるかという疑問も出されました。林氏の《母音(vowel)》は、山梨氏から安定感と量感があって自然のなかにも映えることが評価されましたが、オカリナを思わせる穴を覗くようなかたちが前回の同氏の出品作からあまり変化がなく、また大賞作品と似た傾向のもので造形的な新味に欠ける点も指摘されました。藤嶋氏は、猫の鼻をモチーフにした香西氏の《はなニャー》について、アルミニウムという素材がいままでの受賞作にない点と、《母音(vowel)》と同様、子どもたちにも親しみやすい造形性をあげられました。
新井氏の《蝶が舞う森─うつろい─》は2人の女性をモチーフにした数少ない具象的な作品で、前回のビエンナーレで同傾向の作品を出品された際には途中まで選考にのこったものの、手の切り方が不気味に見えてしまうのではという指摘がありました。今回はその点を修正して、より優しさのある作品になったことが、峯田氏と千足氏から評価されました。千足氏はまた、ダイナミックな曲面と球体の組み合わせが印象的な水本氏による《Natural Posture》のシャープな印象について述べられました。
しかし以上のような意見が交わされていくなかで、とくにある1作品を複数の審査委員が強く推すことはなく、今回は大賞に該当する作品はないという結論に至りました。
ここで一旦、奨励賞の選考に移り、一般の来館者による投票結果が審査委員各氏に示されました。得票数第1位の鈴木法明氏《海辺にて(お兄ちゃんと一緒)》は、審査委員による選考でも一次審査にのこった温かみのあるモチーフの作品で、奨励賞とすることについて全員が承諾しました。さらに得票数第2位の水本氏の作品が、二次審査にのこっていることから十分に奨励賞に値するという結論となりました。これにより、今回初めて奨励賞を2作品に与えることとなりました。
その後、再び優秀賞の選定作業を進めましたが、ここではさきの議論の結果をふまえ、総合的に評価の高かった大迫氏と新井氏の2作品に絞られました。そして、大迫氏の作品が実際に屋外に展示するという点では難しいが造形的な新しさが見られること、新井氏については作風が固まっている印象があるといった意見が出され、最終的には挙手により、4名の審査委員が選んだ大迫氏の作品を優秀賞とすることに決定しました。
前回の講評でも述べましたが、このビエンナーレも第1回から5年以上が過ぎました。私たちはこれまでの経過を見つめ直し、今回を新たな出発として考えました。優秀賞の実物制作がなくなったこともその変化の1つですが、それはいままでに4つの作品がこのビエンナーレによって展示されたことをふまえつつ、改めて遊歩道の空間をじっくりと作り上げていきたいという美術館側の気持ちの表われと考えていただければと思います。一方で、はじめて奨励賞に2作品を選んだように、審査委員会としてもできるかぎり新しいあり方を模索してみました。
正直にいえば、そうした変化のなかで私たちが抱いていた期待を超えるような作品は、今回は見あたりませんでした。もちろん、すでに4作品が展示されたことで(予定も含む)、これから出品される方々には困難さも増していると思います。出品作品はどうしても以前の作品と比較され、また遊歩道の空間全体のなかでのバランスという点も審査のなかで考慮せざるをえません。このことは、うえで書いた審査の経過のなかでも少し触れました。
しかし、今回の出品者の方々のうちでその点に関してまで考えてくださった方はほとんどいらっしゃらなかったように感じます。もしかしたら、そのようなことは作家の考えることではないと思われるかもしれませんが、屋外に彫刻を展示するということは、そうした点にまで意識をもって作品を制作しなければいけないという考え方も成り立つのではないでしょうか。空間全体が時とともに移りゆくものであるならば、当然そのときどきに展示が計画される作品のあり方も変化していくことでしょう。
審査のなかで、作風が固まっていることについての指摘がいくつか出ました。それが表現にさらに磨きをかけていく段階の一つであることは十分に認めますし、自らの作風をもつこと自体を批判するものではありません。また、傾向と対策を考えて打算的に制作していただきたいというのでももちろんありません。けれども、私たちが期待するのは、「ホワイト・キュー
ブ」のなかでは考える必要のないような、さまざまな制約(という言葉がよいかはわかりませんが)を逆にモチベーションのきっかけとして、それまでの自らの表現の枠を打ち破るような作品が生まれてくることなのです。このことこそが、「新人作家の発掘・援助」を主旨とする私たちのビエンナーレが求める“若さ”でもあります。
どうかそんな冒険心をもって、これからも制作をつづけていただければと思います。 |